布をつないで心をむすぶ -フィリピンの女性アーティスト、アルマ・キント


古沢ゆりあ

マニラにて2011年10月から2012年1月にかけて開催された「Nothing to Declare(申告するものはありません)」展は、移住や移民をテーマとした国際現代美術展です。* 従来の共同体や国を越えての人々の移動が加速する 現代において、またとくに人口の約一割の人々が労働などなんらかのかたちで海外に出ているといわれるフィリピンでは、このテーマは人々の日常と深く関わる 今日性のあるものです。今回は、この展覧会の出品作のひとつ、フィリピンの女性アーティスト、アルマ・キント(Alma Quinto)によるワークショックを通した作品を紹介したいと思います。

彼女の作品が展示されたのは、高級ビルの立ち並ぶオフィス街であるマカティの一角にあるユーチェンコ美術館の会場です。近代的な建物の美術館に一歩入ると、ガラス張りのロビーに来館者の目を引く色とりどりの布によるインスタレーションが展示されています。これが、本展へのキントの出品作《ハウス・オブ・コンフォート(House of Comfort安らぎの家)》です(写真1)。実はこの作品は、さまざまな人々とのワークショップを通じた共同作業によって制作されたものです。洗練された展覧会場や作品の明るく鮮やかな色合いとは対照的に、それらの人々の多くは、社会的、政治的、ジェンダーなどの要因による抑圧や困難の下に生きている人々です。たとえば、災害に遭い避難所での生活を余儀なくされた子供たち、性的虐待にあった女性や子供たち、ミンダナオの宗教対立のある地域に暮らすムスリムの女性たち、外国に嫁いだアジアの女性たち、フィリピン人女性と日本人男性の間に生まれた子供たちなどです。
キントは、ソフト・スカルプチャー(柔らかい彫刻)といわれる布の立体作品や、粘土による彫刻、本の挿絵などを手がけるアーティストであり、2005年には横浜トリエンナーレにも出品しています。同時に、彼女はフェミニズムの活動家でもあり、学生時代から周縁化された人々の共同体と関わる仕事を続け、そのなかでアートを用いたワークショックをおこなってきました。「美術は美術館やギャラリーの中だけのものではなく、人々の生きるコミュニティのなかにこそあるべきです。芸術に触れることは歴史や文化を知ることにつながり、人々は自らの誇りを持つことができます。」と彼女は語っています。この「ハウス・オブ・コンフォート」アート・プロジェクトは2006年に始まり、彼女によると、現在まで100以上のワークショップが開かれ、2000人近い人々が参加してきたということです。
 ワークショップの参加者たちは、自分のイメージする心安らぐ家や、自らの夢を、さまざまな色や模様の布をアップリケのように縫い合わせることで表現します。そして、できあがった作品をお互いに見せて、そこに込められた思いや自らの体験を言葉にすることで共有します。その後、それぞれの作品はつなぎあわされてインスタレーションの一部となります。布を用いることの意味は、布の感触は人に安心感をもたらすこと、また絵を描くことを苦手に感じる人でも布を切り抜き組み合わせることは比較的容易で自由な表現ができるからだと彼女は言います。縫うことが難しい小さな子供などは、切った布を糊で張り合わせることもあるそうです。
 ワークショップは、教師や芸術家、学生などを対象にも開催され、展覧会期間中に美術館で行われた回に、わたしも参加する機会がありました(写真2)。手を動かして布を扱うことで、想像力が刺激され自由に表現する解放感を感じました。また、作品の完成後に参加者が輪になって、それぞれの作品に込められた思いを語るとき、例えばある学校の先生は、公立学校で貧しく問題をかかえた大勢の子供たちを教える困難と、そのなかで本当に子供たちのためを思っているということを語り、また自らの生い立ちについて涙を流しながら話す人もいるなど、作品と言葉を通してそれぞれの思いが深いところまで表現され、みなで共有されることがたいへん印象的でした。
 彼女のワークショップは、フィリピン以外でも、これまでに韓国(仁川)、日本(名古屋、大阪など)でも開催されたことがあります。日本側の協力者として関わっているアート・マネージャーの中西美穂は、今回のマニラでの展覧会の期間にも文化庁の派遣でキントのもとに滞在し、このワークショップがまだまだ続いていくことを確認して、「今後も日本でもワークショップを開ける機会を作りたいです。可能ならもっとコミュニティのなかに入っていきたい。」と語っています。これからも、さまざまな背景をもってコミュニティに暮らす人々が、ワークショップを通してそれぞれが思い描く心安らぐ家や自らの夢を表現することで、異なる色の布が縫い合わされてひとつのハーモニーを生むように、思いと思いが出会いつながっていくことでしょう。

*この展覧会は、18ヶ国約50名の作家が参加し、三つの会場からなる。ブラン・コンパウンド・ギャラリーBlanc Compound(2011年10月18日~11月12日)、ユーチェンコ美術館Yuchengco Museum(2011年11月16日~2012年1月29日)、フィリピン大学バルガス美術館University of the Philippines Vargas Museum(2011年11月18日~2012年1月10日)。

 

ふるさわゆりあ
総合研究大学院大学(国立民族学博物館)博士後期課程
/2011~2012年度APIフェロー