「彫刻刀が刻む戦後日本」展を企画して
筆者は昨年「彫刻刀が刻む戦後日本 2つの民衆版画運動」展(町田市立国際版画美術館、2022 年4 月23 日-7 月3
日)を企画した。中国木刻運動のインパクトから始まった「日本版画運動協会」と「日本教育版画協会」の活動を軸に、前者による戦後版画運動、後者による教育版画運動を紹介。「日本で多くの人が学校で体験した版画作りからは実はリアリズム美術の系譜を見出すことでき、その奥には社会運動・平和運動の軌跡がある。さらには魯迅の中国木刻運動に遡ることができる」という、既存の美術史で脇に置かれてきた流れを提示した。
準備として2018 年夏から戦後版画運動の機関紙を読む研究会を始めた。『美術運動』復刻版の解題を執筆した池上善彦氏、鳥羽耕史氏、白凛氏はこの会の参加者でもある。池上氏とは2021年夏に一緒に『美術運動』創刊号から1960 年代初め頃までを精読した。これにより『美術運動』誌上で戦後版画運動に言及した記事を、展覧会図録の参考文献一覧に加えることができた。
私が香港を初めて訪れたのは2014年12月で、終盤にさしかかった「雨傘運動」を取材するためであった。この年、香港行政長官の「普通選挙」を求める香港市民と、「普通」とは程遠い選挙制度を押し通そうとする香港政府が対立し、市民による巨大な抗議運動が勃発した。「雨傘運動」の名は、香港警察が放った催涙弾を避けようとして市民が開いた雨傘に由来する。
12月11日の朝5 時前、到着した香港の空港からまっすぐ、現場のアドミラリティに向かった。
「表現の自由」を考えるとき、政治的抑圧を第一義に考えがちだ。だが実際は美術と政治の制度は共犯関係にある。両方の突破口を本稿の目的としたい。
日本の表現史で著名なものに悪徳の栄え事件がある。1959年に翻訳出版されたマルキ・ド・サドの『悪徳の栄え』が猥褻に当たると起訴され、有罪となった事件だ。罪に問われたのは翻訳者の澁澤龍彦と出版者の石井恭二(現代思潮社社長)。当時、澁澤はこう提言している。