美術運動 No.151
2024年3月発行
定価:700円
特集│戦争と近代日本美術史への問い
■日本美術会と美術家の戦争責任問題(1)
■女性画家と戦争 相次ぐ新資料発見と研究状況
■北脇昇と草創期の日本美術会
京都での日韓美術交流展の時、京都・白川と接する古川町商店街の中にJARFO ART SQUARE という画廊があった。この商店街は2016 年だったかJARFO の宿舎があって、泊めてもらった場所のような記憶があった。2019 年には会場に別のJARFO 画廊を貸してもらった。亡き貴志カスケさんの計らいがあったようだった。
それで2023 年の京都での日韓美術交流展で、古川商店街の町屋を新しくリノベ―ションした画廊を見て「確かここに前泊めてもらった場所かな?」と思った。ちょうどベトナムの画家、Le Hao の日本初個展だった。そこで石田淨さんと7 年ぶり、3 回目の再会を果たすことになった。JARFO(特定非営利活動法人 京都藝際交流協会)は美術での国際交流という意味ではJAES と同様な目的を持っている。石田さんと懐かしさ一杯の気持ちで話し込んだ。貴志さんの病院での人生の最期に立ち会ったお話も聞けて、自然に頭を下げたことを今思い出す。
01_ 旅
建築を生業にしているので、学生時代から時間があれば建築巡礼の旅に出かけます。グーグルマップ上で訪れたことのある街に印をつけ、さて次はどこ行こうかと思案します。訪れる国や街の選び方に決まりはありません。「なんでそこなの?」とよく聞かれますが、多くの場合、「見たい建築があるから」と答えます。
建築は土地にくっついています。アートの展覧会のように向こうからやって来ることはありません。美術館という制度が確立する前は、アートも同じだったのでしょう。サイトスペシフィックアートは特別なもののように扱われがちですが、それが本来のアートの姿かもしれません。
メディアやインターネットの発達はいろいろなものを疑似体験できる便利な機会を生み出しました。グーグルマップのストリートビューを使うと、見知らぬ土地の駅から目的の建物までの道順をあらかじめ予習できます。そういう意味で疑似体験は便利です。しかし、実体験でないとわからないこともたくさんあります。
2023年11月15日から19日まで
京都市国際交流会館2F(姉妹都市コーナー展示室)
主催:JAES
共催:公州韓日美術交流展・(公財)京都国際交流協会
後援:日本美術会・京都アートカウンシル
20年を超えた本美術交流は、語ればきりがない、それほどに、年月を重ねている。今回は70 点以上の出品点数で、このコロナ・パンデミック中、出品のみの人的交流なしの展示が3 回続いた後の今回交流展で、7人の韓国からの人的交流で、4人の男性と3
人の女性を迎えられた。京都の柱的存在だった貴志カスケさんが亡くなられ困ったが、友人のノブコ・ウエダさんと、宗由美子さんを中心に、京都の女性作家が動いてくださった。また関東方面からは10名ほどのJAES
のメンバーや出品者が駆けつけてくれ、何とか盛り上がった交流展にはなったと思う。そういう私は、風邪で腹を壊して、会期中京都滞在したのだったが、飲み物以外は少々しか食べられず。えらい大変な思いもしたが、皆さんの文化交流への熱い思いを節々に見出して、幸せな気分だったことを率直に感じていた。
21年前、初回の交流展を光州と公州で連続的に実施した時、公州では金明泰先生が組織してくれた。その何年か前から公州の自然美術のシンポジウム・野外美術展に参加していた私が、その主催団体のYATOO(野投)の後援を得て、李宣周さんの仲立ちで、日本アンデパンダン展の参加者らを対象とした夏季写生会(バス二台・80
数名)を組織して、成功させたことを背景に、金明泰先生が日韓の美術交流の段取りを組織してくださったわけだった。
当時まだ小さかったYATOO の代表的な組織者のコー・スンヒュンさんの息子さんが、今回の京都展に出品されている。指の指紋を大きく拡大して画面に定着した平面です。なんか時の経過を感じました。彼は北京の美術大学で学んでいます。
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