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大島美枝子 アトリエ訪問記

日本美術会会員 菱 千代子

12月初旬の昼前、多忙の大島美枝子さんのアトリエを大野恵子、三浦裕美、菱の3人で訪問した。 高齢者施設に入所しているお母様の介護もあり、時間の設定が難しい中、時間を割いていただいた。お宅は中央線の三鷹駅から車で4分ぐらい、駅前の混雑を抜けるとすぐである。訪問者一同、どこに行くにも便利な中央線の三鷹という場所に「うらやましい」と声があがる。

彫刻家の仕事場

 モダンなつくりのドアを開けると、真っ白な愛犬さくらちゃんの元気な声に出迎えられる。住居部分以外は吹き抜けになっていて、2階に上がる階段がインテリアデザインの主眼になっている。階段上にある作品はまさに芸術品であるが、眺めていると音楽的なリズムさえ感じられる構成だ。

 大きなストーブを中心に小テーブル、作業台、材料置場、道具置き場がひろがる。

 「彫刻の仕事にとっては、仕事場をどこにどのようにつくるかが1番重要だ。私の知人で鉄の仕事をしていた人が鉄工所の隅を借りていたが、それが店じまいとなり、ずいぶん困っていた。私の場合木が素材で、やはり騒音、埃も出るので、考えなければならない。例えば鉄の場合は電力が必要。それも家庭用ではなくて、出力が大きいもの。素材ごとに必要な環境、設備が必要。」とのこと。「木の素材を見つけるのも大変じゃないですか。」という私の質問に「三鷹は農家が多い。その中で植木屋さんも3軒ほどあるのでそこから木材をもらってくる。近場でしかもタダで調達できるので便利。私の場合小さい材料をはぎ合わせて、寄木の状態で作品にしている。なるべく切口がシャープに出る木を使いたい。そうすると全体の形もシャープに出てくる。」大きな作品はやはり1年がかりになるという。7、8割は夏場の小淵沢で仕上げるが家に帰ってきて見直すと、満足できず、自宅での最後の詰めに時間がかかる、とのこと。

 訪問者一同はまわりの機械類に目を奪われる。階段のまわりの道具類は絵だけやっている人間には物珍しく映るが、それらもこの空間ではおしゃれなオブジェに見えてくる。

 

 ここで栗饅頭と紅茶で小休止。雌犬も含め女子会のノリで盛り上がる。ワンちゃんはやはり若い訪問者に興味があり立ち上がったり動くと吠えたりつきまとう。犬がいる生活は作家の同伴者としていい関係になっているようだ。

作品のこと

 一段落して周囲の作品を再び眺める。「最近ここ三年ぐらい制作が面白く感じられるようになった。人が何と言おうと、自分がやりたいようにやるという境地になっている。最初はうまくいかない、うまくいかない、ばかりで自分のイメージと合わないことにいらいらしていた。感性と技を総動員してつくっていくものなので。」

 「抽象的なものより、人物等のかたちが多いですか。」の質問に数十枚のデッサンを鑑賞する。「人体のデッサンでずーっと動いているダンサーのモデルを追いかけるのが好き。脳裏にやきついた残像を表現する。下北沢の研究所で月一回続けている。」

 「私もやりたいけど、子供の受験なので、ちょっと無理かな。」と大野さん。「子供をつくったりはしないですか。」と続けて質問。「あんまりやらない。もっと人間の持つ形、木の持つ肌合いや動きを生かしたい。それからどちらかというとつけるより削る方に関心がある。石のようなどっしりしたものはむいていない。30年ぐらい前までは石の作品も作っていたが、私の志向する形と石という素材が合わなくなってしまったのでやめた。」

 昔の作品の写真を眺め、いくつか写真をお借りすることにした。石膏の直付けや石の作品も出てくる。「木の素材に移行して最初は自然の枝を生かす作品を作っていたが、自然そのままではやはり物足りなくて素材をつないで新しい形を模索している。

 「お面も作っているのですか。」の質問に、アフリカンアートの影響について話された。「民美の講演会にお招きしたアフリカンアートミュージアム館長の伊藤さんのコレクションはすばらしい。小淵沢に行くと、必ず寄っていくのを楽しみにしている。我々の概念とは異なる世界の表現の自由さと力強さに惹かれる。例えば、体中に金具をつきさしたものまである。これは村長と村民の間の契約を表しているのだそうだ。」話をききながら、昨夏私も訪れた美術館のコレクションが甦った。

「枝人ーカゼガフイテル」木 2008
「枝人ーカゼガフイテル」木 2008

表現するということ

 「気に入らない作品はバッサリ切ってやり直す勇気が必要だと思う。結局自分自身との戦いになる。色々苦労してやっていくのだが、自分の世界を持っているのは強い。アンデパンダン展が掲げるテーマ『時代の表現、生きる証』という言葉、とりわけ、『生きる証』という言葉には心底共鳴している。ややもすると、美術界も『忖度』の世界になってしまっているのではないか。」新聞沙汰になった日展系美術展はもとより、いろいろな団体でのお金をめぐる話はつきない。

 次の質問、「1つの作品を作るのにどのくらいエスキースを作りますか。」に対し、「実際は何枚描いても出来上がりは似ても似つかないものになってしまう場合が多い。その中で試行錯誤をするのがやりがいだ。」 

 最後に民美の生徒さんや後輩のためのアドバイスを語っていただいた。

 「常に新しい試みをやっていく必要がある。広い見方、新しい見方を取り入れて、ちょっとずつ自分の感性を解放してあげるべき。若いころほど感受性が強いので、いろんな表現の世界をとりこんでいける。頭を柔らかに維持すること、表現方法の抽斗を多く持つことが大事。」

  「最近見た展覧会で良かったものは」の問いに「運慶」展、という答えが即座に返ってきた。また新しいメディアにも関心を持っているとのこと。この人の抽斗は増え続けているらしい。