· 

多文化交流の旅 ~スウェーデン・アメリカ・イタリア~

SYUTA(三友周太)

 私は美術家としての創作活動だけでなく、アートプロジェクトやワークショップの企画運営、展覧会の監修などを通して芸術と社会の関り合いをテーマに活動を続けています。私達を取り巻く環境の中にある、ダイバーシティ(多様性)や国際化を題材の一つとして、人との関わりあいや国際交流展に積極的に取り組んでいます。

 今回は、私がディレクターとして関わるアートラボアキバで行われたスウェーデンとの交流展、アメリカから来日した日系二世の展覧会、そして私が作家として参加したイタリアの制作展示の3つを紹介します。

 アートラボアキバはJR総武線の浅草橋と秋葉原駅の間の線路沿いに位置する運送会社の元トラックヤードだった空間を改修し、菅間圭子、地場賢太郎、森下泰輔、三友周太の4人のアーティストで運営しているスペースです。2005年に前身の銀座芸術研究所を結成して、ギャラリーでの展覧会の企画だけでなくアートプロジェクトや国際交流展などを多数手掛けています。4人はそれぞれ独立した立場で、担当する展覧会を企画運営することで多様な展示を10年以上継続しています。今までにアメリカ、カナダ、イギリス、オランダ、韓国、台湾など多数の国々との交流を行なってきました。


 最初に紹介するスウェーデンとの国際交流展は、2018年3月に東京展を両国の作家各4人の合計8人が参加して行われました。また、スウェーデン展を8月にストックホルムで両国の作家各5人の合計10人が参加して行われました。それぞれの会期にスウェーデンからは参加作家は来日し、私たちも渡欧して展覧会に参加しました。渡欧中にはアーティストのスタジオを見学させて貰うなど、展示を通した交流以外でも友好を深めることができました。

 この展覧会のきっかけは、2年前に山梨県にある滞在制作のできる施設に来日していたアーティストとの出会いでした。お互いの作品を理解することから交流展の計画へと発展し、実現に向けた議論が始まりました。

 今回の交流展に参加したスウェーデンの作家は、日本での滞在制作を経験したことがあり、日本のことをシステム化された公共交通、綺麗に掃除された街並みや親切で礼儀正しい国民性だと感じているそうです。 

 2018年はスウェーデンと日本の外交樹立150周年記念の年でもあり、記念事業としての公認をいただき、開催後には大使館での報告会の機会も頂戴しプロジェクトとしては非常に貴重な経験を得ることができました。

 1868年に修好通商航海条約の締結により、外交関係を確立した最初の国の1つであり、両国の関係は発展して現在も良好な関係を続けており、欧州の国の中でも日本人と類似がある国民性だと言われています。私たちの展覧会のタイトルは「木漏れ日/MANGATA」と決めました。MANGATA(モンガータ)は、スウェーデンの言葉で“水面に映った月明かりの道”の情景を表す言葉です。木漏れ日は、スウェーデンの言葉で一語では置き換えられない情景を表している言葉です。この言葉に象徴されるように、それぞれの作家が表現した作品を通して、言葉には表せない相互理解を目指したテーマにしました。

 


 2つ目は米国から来日した日系二世のアーティスト、MikeSaijo (マイク サイジョウ)の展覧会です。Mikeは両親が1970年代に日本から米国に移民したロサンゼルス在住の作家です。彼は1910年代に移民した日本人写真家、田中 親(たなか ちかし)が撮影した写真を題材にした”Spiritual Legacy=魂の遺産“と “Plato’s Cave (Social Capitalism)=プラトンの洞窟(社会資本主義)”の2つのテーマで展示をしました。 約100年前に田中氏によって撮影された写真のガラス乾板ネガ200枚以上が、田中氏の親族の元で発見されました。Mikeはその移民の歴史的記録をロサンゼルスの美術館や博物館に残そうと試みましたが、保存状態の悪さなどの理由から話は上手く進まず、Mikeの作品として発表し公開することに至ります。日系移民の歴史を多くの人々に広く知って貰いたいと、展覧会はロサンゼルスで開催されたのち、台湾を巡り日本へとやってきました。Mikeの作品は発見されたネガから画像をプリントし、プリントされた写真にMikeの母親に、移民当時の記憶を文章で綴って貰ったものです。100年前の記録写真に40年前の記憶を載せた移民の歴史を一つの作品の中に合わせてアートプロジェクトとしています。同時に発見された1930年頃までに撮影された当時の生活の様子を動画編集したものも合わせて展示しました。移民一世から、二、三、四世と進むに従い歴史の記憶は薄れてゆき、ロサンゼルスの日本人コミュニティは高齢化に伴う縮小が進み、歴史の風化を食い止めることを課題にして取り組んでいます。

 もう一つのMikeの作品Plato’s Caveは、現在をテーマにした作品で、彼が日本で出会った人々の肖像をドローイングし、光を使ってアナログな手法で投影したものです。過去と現在をテーマにしたMikeの作品は、自分の存在は祖先や先人の礎があって成り立っていることを感じさせる作品でした。

 


 3つ目は私が南イタリアのモンテムッロという街にある美術学校で行われたプログラムに参加した経験についてです。プログラムは17年間続いており、初めての海外からの作家としてアメリカ人と共に日本から招聘されました。

 イタリアに伝わる伝統的な左官の技法を取り入れ、現代美術の作品として技術の承継と地域との関わりを作り出してゆくアートプログラムです。

 150cm四方のコンクリート性のキャンバスにシリカライム(石灰)と呼ばれる壁面素材とカラーピグメントを混ぜた材料を平らになるように層状に塗り、素材が乾いて固まる前に削り出して描いてゆきます。画は削る深さにより色が変わることで壁画のような作品を製作し、完成した作品は街の中に設置されます。

 最初に制作する画像のアイディアを左官職人と共有し、作業を進めて行きます、左官職人とアーティストのコラボレーションで作品は生まれて行きます。言葉も十分に通じなくともお互いにリスペクトがあり共有できるテーマに向き合うと、通じあえることが経験できました。作品が完成した時には自分のことのように喜んでくれる職人の方々の笑顔は忘れ難いものになりました。このプロジェクトは小さな街の中では大きなイベントで、街の人たちが制作の様子を観にやってきて、皆が身振り手振りでアートに出会った喜びを表現してくれました。作品を通して言葉を超えた理解が生まれた経験でした。

 

 


 紹介した3つの事例は、それぞれは異なる視点からの経験ですが、いずれも美術を媒体とした社会との接点つなぐものだと考えられます。美術は表現を通して社会の抱える問題に対するメッセージの発信であり、人とのコミュニケーションを図る手段でありますが、参加者、鑑賞者の双方の心の中に伝わるもので有って欲しいものです。

 スウェーデンの作家とは、展覧会のテーマや展示構成などを議論し、お互いの主張やそれぞれの国の習慣などを学び交流することで両国の文化に触れることができました。日本とは異なり国の支援を受けやすいなど、アーティストのおかれる環境は恵まれているものの、学校を卒業後の若手の進路の問題などは日本と変らない状況であることを垣間みることができました。

 Mikeの展示では歴史的な記録に作家のコンセプトを加えて作品とすることで、過去のロサンゼルスを振り返り、現在の日本人コミュニティが抱える問題を社会に投げかけています。

 イタリアでの活動では伝統的な技術と美術の融合で新たな価値を生み出して行くことがテーマになっています。

 

 私が強く影響を受けているイギリスの動物行動学者リチャード・ドーキンス博士が提唱する学問にミーム学があります。人類は生殖行為を伴わず文化の遺伝ができること、すなわち心から心へと伝達すること、複製される文化情報は多様性、自然選択により進化を遂げてゆくことは遺伝子の複製と同じであり社会文化的進化と呼ばれています。私達は他人の表現を自分の中に取り込んで、それを記憶にとどめ次の世代へと語り継いでゆくことができます。

 

 私たちが進化を遂げたのも、この文化の遺伝が大きく影響していると言われており、表現活動を通して人々の心へ思いを複製してゆくことは進化への貢献ではないかと考えられます。

 

 異国の作家と交流をして、文化に触れ社会的な背景を知ることや、多様な民族と出会い異なる価値観を受け入れることで、自分自身の視野が広がり進化に繋がってゆくと信じています。他の良さや国民性を知ることと、それぞれの国の人たちに日本がどのように映っているのか、日本の何に興味をもつのかを知ることで、改めて自分の国の良さを見直すきっかけにもなります。国際交流展の中で感じられる、社会的な問題はごく一部に過ぎませんが、この交流を通じて得られるものには多くの価値があると感じます。

 2020年は東京オリンピックにむけて、訪日外国人の数も6年連続で過去最高を更新し続け、年間約3,000万人が訪れています。この国際化の進む多様な環境を考えることは、美術の国際交流展という一面だけでなく、社会的交流としての役割も大きく担っているのではないかと考えられます。

 最後にMikeの展示のタイトル”Plato’s Cave”は古代ギリシアの哲学者プラトンが提唱した“洞窟の比喩”をテーマにした作品でした。洞窟の中で拘束された囚人は見ている虚像を真実だと信じていて真実は洞窟の外の世界にあることを知りません。他国の文化と交わり外からの視点で物を眺めてみることは、まだ見たことのない洞窟の外の世界を知ることなのかもしれません。


SYUTA(三友周太)

1967年Bronx NY USA 生,

1991年 東京薬科大学薬学部卒 薬剤師

 

個展、グループ展、国際交流展(ドイツ、アメリカ、イタリア、スウェーデン等)多数 ART Lab Akiba ディレクター佐藤時啓氏(東京芸大)ともにBuscamera Projectの運営に携わる武蔵野アールブリュット展 総合監修(吉祥寺美術館)SMF (Saitama Muse Forum)会員 両国の参加作家、アートラボアキバにてストックホルムのオープニングパーティにてSpiritual Legacy よりMike Saijo とPlato’ s Cave

 

医薬品開発に携わる傍ら、美術家としての制作活動およびアートディレクターとして社会とアートの係わり合い方をテーマにした活動を行なう。ライフサイエンス分野に係る経験が制作に影響を与えており、芸術が人と人とのつながりや社会へ貢献することを課題に、地域のアート活動や主に子供や高齢者、障がい者などとのワークショップを行う。