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P3578 アートプロジェクト

金田卓也(アーティスト・大妻女子大教授)

 Project 3578は20世紀の現代美術に影響力を与えたドイツのヨーゼフ・ボイスの提唱した社会彫刻の概念を究極に推し進めた参加型のアートプロジェクトである。このプロジェクトは、シュルレアリスム的な画風の油絵画家として出発して、国際巡回展『神』展に岡本太郎やオノヨーコとともに参加し、それ以降、コンセプチュアルアートとしての作品を発表してきた村田訓吉とキッズゲルニカ国際平和壁画プロジェクトを世界各地でコーディネイトしてきた金田卓也によって、2017年2月に始められた。

 

 村田は、科学と芸術の融合による「再生可能な未来」の実現を目指して、東京、エルサレムなどさまざまな土地でインスタレーションや詩の朗読などのパフォーマンスを続けてきた。金田は、アフガニスタン、インド、ネパールなど南アジアの国々を幾度となく旅し、伝統的社会における個人の自己表現とは異なる芸術の在り方についての思索を重ねてきた。ほぼ同世代であり、長年にわたりアーティストとしての活動と共に社会における芸術の役割というものを模索してきた二人にとって、P3578 はひとつの帰結であった。

 

 

P3578の基本コンセプトは、ウェッブサイトに次のように示されている。 www.P3578.org 

 

 私たちは、これまでさまざまな活動を行い、アートを通しての平和な世界の実現を目指してきましたが、この世界は数値によってのみ変革できるということにようやく気づきました。選挙の得票数、放射線量、試験の点数、年収、コレステロール値、平均寿命など、政治も幸福もすべて数字によって決定されます。アートの価値も市場価格と展覧会への来訪者数で計られます。

 古代ギリシャ人は美の基準を一定の比率で定義しました。レオナルド・ダ・ヴィンチは数学に深い関心を示しました。ヨハネス・ケプラーが天体の動きの中に数学的美を見出したように、数は美と本質的に関係していて、数字はこの世界を表象可能にする最も純粋なアートフォームなのです。

 

 このステートメントは、皮肉を込めて現代美術の価値に関しての真実を語っているといえるだろう。そして、3・5・7・8 各々の数字には次のような意味が込められている。

 

Magical Numbers 

 3 は三角形のように安定を示し、5 はこの世界を構成する五大元素、7 は幸運、8 は末広がりの象徴である。Project 3578は、そのマジカルな力で世界を表現する。

 

 それぞれの数字について、村田は次のように説明している。

 P3578の3と5と7は素数であり個の意識体を連想させます。8は横にすると無限大となり、それが立上がります。個の意識体が無限に広がり立ち上がり集合意識体を作ります。すなわち、3578は集合意識体である宇宙を表しているのです。

 

 3・5・7・8という数字は、21世紀初頭の日本人が慣れ親しんでいる古代インドに起源をもつアラビア数字を用いている。インド数字はデーヴァナーガリー文字では異なった表記となる。数を示すものは漢数字の三、五、七、八でもよい。数そのものが本質であり、数字は単なる表象にしかすぎないのである。日本語で数えるときは、「さん・ご・なな・はち」であるが、英語でカウントするならば、Three, Five, Seven, Eight となる。それぞれの数字の書き方や発音は異なっても、数字や音に表象された数の概念そのものには変化は見られない。P3578 の求めるものは、その変わることのない数の概念そのものであり、それをさまざまな形で表現しようとする試みである。

 

Digital and Analog Expressions

 時間を知るために、数値で示されるデジタル時計と、短針と長針でできる形 (相似形) によるアナログ時計があるように、この世界を表象するためには、デジタルとアナログという2つのスタイルがある。このプロジェクトでは、3578というデジタルな数字のオリジナル・ロゴを創ることと、3578の本質をアナログで示す 3.5 × 7.8 の比率のスペースに絵を描くという2つの表現から始められた。3.5 : 7.8の長方形の比率は大変美しく、そのサイズでトリミングされた画面は、あたかも魔法によって美しく切り取られたようにも感じられる。

 

 3という数の本質を表現するためには、リンゴを3個並べてもよいし、リンゴではなくオレンジを3個並べてもよい。あるいは、「あ」という音を3回声に出してもよいし、3回ドラムを叩いてもよい。3回身体をひねってもよいし、3回軽くジャンプをしてもよい。そうしたすべての行為は、3という数を表象することができる。

 ロゴづくりと3.5 × 7.8 の比率のスペースに絵を描くという2つの表象形式でスタートしたこのプロジェクトは、ヴィジュアルな表現だけではなく、身体を楽器化して声で表現したり、舞踏のようにパフォーマンスで表現するなど多様な表現スタイルを包含するようになった。

 現代美術において、従来の美術館という作品発表の枠組みを超えたプロジェクト型の表現は決して少なくない。そうしたアートプロジェクトの先駆的作家であるブルガリア出身のクリストの作品にとって、プロジェクトへの参加者はあくまでもクリストの作品実現のために動員された参加者であり、梱包プロジェクトはあくまでもクリストの作品である。その証として、プロジェクトの構想スケッチに彼はサインを入れる。これに対して、P3578 は、村田と金田の署名を入れるプロジェクトではない。村田が主張する集合意識体という言葉は、そのことを意味しているのである。

 

 イタリアの現代美術の巨匠、ミケランジェロ・ピストレットの始めた<第三のパラダイス>は、自然と科学のように対立する2つのものの調和のとれた世界をつながった3つの円のシンボルで表し、そのシンボルを世界各地でさまざまな形で表現するというアートプロジェクトである。もちろん、その独自なシンボルマークによってピストレットの<第三のプロジェクト>であることは誰の目にもすぐわかるが、参加の仕方は自由であり、子どもから大人まで自由に参加することができる。金田はキッズゲルニカとこの<第三のパラダイス>プロジェクトとのコラボレーションにも関わってきた。P3578もピストレットのアートプロジェクトの考え方と重なるところがある。

 アートが個人の自己表現であることが強調され、その帰結として、個人の署名入りの表現作品は著作権で守らなければならないという考え方は近代になって広まったものである。近代以前の美術に目を向けたとき、絵画も彫刻もほとんどが工房の共同作品として制作されたものである。レオナルド・ダ・ヴィンチも師匠ヴェロッキォの下で働いていたときは個人としてではなくヴェロッキォ工房の一員として共同制作に関わっていた。

 そうした意味において、P3578 もあくまでも個人の作品ではなく、参加する人々全員との共同作品=コラボレーションなのである。そして、アンデパンダン展のように、誰でも参加できるオープン・プロジェクトである。個人のプロジェクトではなく、だれでも参加できるということは、このプロジェクトにコピーライト (copyright)つまり、著作権はないということでもある。

 作品に著作権がないということを主張するということは、コンピューターのソフトウェア開発の中で出てきた著作権にこだわることなくソフトウェアの改変を認めるというコピーレフトの考え方に近いといえる。インターネット上では、そうした方がよりよいものが生まれやすいという発想に基づいている。コピーレフトという考え方に基づくP3578は、インターネットの時代におけるアートの在り方そのものを問うことになる。

 2017年6月と2018年6月には、秋葉原にあるギャラリー、アートラボ・アキバでP3578展が開かれた。会場のある秋葉原近辺はメディア文化の聖地であり、そうしたメディア文化の聖地で展覧会を開催するということは、インターネット時代のアートプロジェクトP3578 にとってきわめて象徴的な意味を持っているといえる。

 そのP3578展には、世界各地を旅し、新しい人々と文化との出会いを絵画・写真・インスタレーションなどさまざまな形で表現しているイタリア人アーティストのサビナ・タルシターノも参加した。彼女にとっては地球自体がひとつの大きなキャンバスであり、そこに新たな人々との出会いとつながりの物語を描いているといえる。彼女はミケランジェロ・ピストレットの芸術都市の代表のひとりであり、欧州文化議会のメンバーでもある。彼女はP3578との関わりについて、次のように語っている。

 

 芸術と創造性は平和な世界を築いていく上でとても重要だといえます。私はイタリア人のアーティストですが、芸術の力というものを強く信じています。日本人アーティストである村田さんとP3578プロジェクトに出会い、とても気に入りました。日本訪問の時、私の<第三のパラダイス>プロジェクトのワークショップをP3578に含めていただきとても嬉しく思いました。昨年は、平和な世界を目指すP3578のお陰で国立新美術館での展覧会に参加でき、たいへん光栄でした。村田さんがヨーロッパを訪れたとき、P3578のダンスを一緒に楽しく踊りました。ブリュッセルでは<第三のパラダイス>プロジェクトに参加した子どもたちや教師たちとも踊りました。それは平和と友情のダンスだといってよいでしょう。異なる文化間の人々をつなぎ、よりよい世界を築いていくためには、そうした芸術的でクリエイティヴなプロジェクトが必要です。P3578プロジェクトの力を信じています。これからも一緒にやっていきたいと思っています。

 

 インド人画家オシット・ポッダールもP3578展に参加した。彼は、毎年、インド国内だけではなく、ドイツやオーストリアなどヨーロッパで個展を開いている。コルカタでは視覚障害者の学校でキッズゲルニカとP3578を組み合わせたワークショップを開催した。彼はこのプロジェクトについて次のように語っている。

 

 今年、スイスのジュネーヴとベルギーのブリュッセル、そしてフランスのパリでP3578プロジェクトに参加する機会を得ました。シンプルなハートを持つ村田氏がこのプロジェクトについて情熱的に語るのがとても印象的でした。子どもたちと一緒にプロジェクトを楽しむことができたのはとてもよかったと思います。数字というのは国によって意味することが異なります。たとえば、私の国インドでは、伝統的な数の数え方では、3は第三の目、5は5種類の武器、7は7つの海、8は8個の星といったようにそれぞれの数字は特別な意味を持っています。ところが、最近の学校では、英語の数字だけを教えて、伝統的な数字の意味が忘れられているのが残念です。数字の不思議な力に注目したP3578が地球規模で広がっていくことを願っています。

 

 2018年6月のアートラボ・アキバでのP3578展には、米国とウクライナの作家も参加した。第3回目目となる来年のアートラボ・アキバでの展覧会にはより多くのアーティストが参加することになっており、新たな展開が期待されている。