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橋本和明さんを偲ぶ~青春を描き続けた画家

日本美術会会員・日本画家 稲井田勇二

 橋本和明さんは2018年6月、82歳で亡くなられた。突然の訃報に驚き、その春のアンデパンダン展に出品された「ミイラと並ぶ自画像」、その直後に会場でお会いした時のいつもの笑顔を思い出しました。9月に仲間たちによる「偲ぶ会」が開かれました。70人余の大勢の方々が参加され、会場は心のこもった熱気で包まれました。日本美術会の人々、「民主主義美術研究所」の1期生を中心とした卒業生や在所生、越谷地域の皆さん、奥さんとお二人の娘さんが参加され、展示された作品やこれまでの作品映像を見ながら、参加者が一言ずつ橋本さんとの思い出などお気持ちを語られました。「橋本さんはいつも、人に優しく、そして誠実な方でした」これが共通して皆さんから語られたことでした。大勢の皆さんから敬愛されたお人柄を偲ぶ会となりました。

 しかし橋本さんの作品については、これまでも、話されることが少なかったように思います。私には分不相応でもありますが、橋本さんの画業のほんの一部でしかありませんが、私なりに追想し、思いを述べさせていただくこととします。

 橋本さんはご家族など身近な人や市井の人々、風景を多く描かれましたが、その暮らしや日常の中にある人間のその本質を描きたいという信念があったと思います。ヒューマニズム(人間性)を表現の核に据え、一貫して追及したといってもいいのでしょう。塗り重ねられた堅固なマチエールと理知的な構成に支えられた明るく健康な色彩がなんといっても魅力ですが、その豊かで魅力的な色彩や構成力は人間性と美術表現の苦闘の中でおのずから出てきたのでしょう。青年時代に育んだ美術への理念とそれの実現に向かって一生一途に進まれたと思います。その画業を一言で言えば『青春の―希望や恐れあるいは平和への思いを描き続けた画家』といえるでしょう。

 橋本さんの作品は日本アンデパンダン展の中でも早くから注目され、1974年の「美術運動」誌97号の座談会「若者の意欲」にも掲載されていました。その一部を少し長いのですが、再録します。

 

司会 橋本さん、ことしの「足尾」あれをずっと追求されているのかな、その前まで工場を扱って描いているね。それと別に又違うものを追求しているのかどうか。

橋本 僕の場合、作品として出来上がっていないけど、幾つかモチーフはある。1つは去年出した「二人の人物像」、あれは実際は幾つかのシリーズにして出すつもりで始めたんです。その作品に取り掛かった動機は、民主美研にいたころ、そのころはわりとまだベトナムのテーマが取り上げられていたんです。アンデパンダンで。だから、そういうテーマを少し扱ってみたいということで、そのころから写真やいろんな資料を集め始めてた。それをもとにして、自分なりのイメージをつくる。その中で考えたのは、ベトナムと限定しないで、人間性を追及していくことの方がより普遍性を持つということです。具体的な事実の提供と言うことでは写真の方が信憑性も即効性もある。だからどうしても人間性というようなことに一度戻して考えたい。人間の平和である時期の愛情関係、男女や親子の情愛、それから屈辱や怒りというようなことから、写真をなぞるということではない、自分なりのイメージに変化できないか。それは今後多分一生かかってもどの程度できるかわからないけど、とにかく取り組みたいと思っています。それと、今年出した「足尾」ですがあの絵の場合にも絵づらは写生風ですが、足尾銅山の具体的な絵にしようじゃなくて、人間が地球に存在して生活しながら、地球を荒廃した状態にしていく痕跡、それをひとつの典型として描ければいいと。必ずしも情景そのままには描いていない。幾つかの場面を組み合わせています。画面構成で有機性がどうしても必要だと思い、自分なりにやってみたい。もう1つは、ぼくは川が好きなんで、別に公害ということではなしに、水が流れてて、船が居て、青空が見えて、それが反射してキラキラしている。そういう楽しさ、そういうものも気楽に描いて行きたい。それから、子供を見てるとその生命力にすごく引かれて描いてみたい。(一部抜粋)

 

 この中で橋本さんが話されていることで、その後探求し、多くの力作が描かれた土台となる考え方、目標がすでに、明確になっていたと言うことがよくわかります。 作品集にある個々の作品にも触れたいのですが字数に限りがあり、数点のみになりますが、見てみます。いろいろな作品の原点と思えるのが、1969年作「初めに」F50 これは「民美」卒業後初めてアンデパンダン展に出品したもので、33歳。手前に立つ男(自画像)と座る女性がいて、背景に運河や工場がある。左方のアパートには人々が小さく描かれており、青年の目は前方をじっと見つめています。その後、「家族(三人)」、「土」「大地」「街」「セーノッ!」「山の精錬所」など、対象を深く掘り下げた力強い作品を次々と発表し、アンデパンダン展の中の貴重な作家として地歩を築きました。「窓から(科学の夢)」1979年、「憂いなし」2001年や3.6m×8.1mの大作「九条を世界に!」2008年~2010年など社会や世相を描いた話題作も記憶に残ります。娘さんを描かれた珠玉の「羊」、「オカリナを吹く」や晩年多く描かれた外国での写生やデッサンには人々への共感が開放的な明るさの中に生き生きと表現されています。遺作ともなった「ミイラと並ぶ自画像」は気骨を示す橋本さんの独自の到達点を語る名作だと思います。