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アフリカンアートって?

伊藤 満 (いとうみつる)

 アルジェリアの南にある、紀元前4000年のタッシリナジェールの岸壁画には、仮面を付けた人物の像が描かれている。それは、現在のコートジボアールのウォベかゲレの人々が用いているのと同じようなマスクである。このマスクにより、壁画の主がウォベかゲレの祖先であるかどうかの確証はないが、昔、サハラ砂漠が緑の草原であったころには、すでにこのような仮面が存在していたという証拠であり、それが現代に繋がっているとも考えられる。
 ヨーロッパでは、紀元前の古代ギリシャ時代以来、左右対称、同じ形のくり返し、直線、真円や球などの幾何学的なこと、写真的なリアリズムで表現することを尊重してきた。それは20世紀初めの後期印象派まで続いている。
 一方、アフリカでは、アミニズム信仰の影響からか、自然界にないものを作ることを否定している。同じ造形のくり返しや幾何学的なことはタブーとされ、また、精神性を重視するせいか、写真的な写実主義が重要ではなく、大きく抽象化して、そのものが持つイメージを表現したものや、そのために誇張することの方が重要であると考えられてきた。
 20世紀初頭のパリで、若い芸術家のリーダーであったピカソは、後期印象派以降の美術の方向性を模索していた。しかし、残念なことにいいアイデアが浮かばなかった。ピカソもスペイン出身のせいか、ヨーロッパ的な造形と美意識には何の疑問も抱いていなかったからである。
 1904年のある日、友人が、トロカデロの丘におもしろい博物館があるというので誘いにやって来た。
 少しだけの暇つぶしのつもりで出かけたが、ピカソはその博物館の収蔵品に釘付けになって、一日中そこにいたと言われている。そこには、三等身の立像、片方が笑って、もう一方が怒っているマスク、不定形の椅子や道具、同じパターンのくり返しではない、それまで見たこともない不思議な文様のテキスタイルなどが展示してあった。
 アフリカのマスクや立像を初めて見たピカソは、それまでのヨーロッパ的な手法とは180度違った感覚でも造形表現ができるということを知ったのである。
 そして、新しい形や色彩の概念が生まれ、その3年後に、「アビニョンの娘たち」を発表して「キュビズム」という美術運動として開花した。

 ピカソが評価するまでは、丸くない歪んだ形の椅子や道具類、手足を省いて誇張した立像など、ヨーロッパの人々は、未開のアフリカ人は不器用で下手くそであるので、このようなものしか作ることができなかったのだと思っていた。
 当然ながら、それらの造形は意識した上でのことであり、それまでのヨーロッパ的なものとは全く異なっていたわけである。この異質なアフリカの造形物が、20世紀初頭のパリの若い芸術家たちの心を掴み、新しい美術の創作の扉が開かれたわけである。
 アフリカ美術の影響は、ピカソやブラックだけではなく、マチス、モディリアーニ、クレー、レジェ、ブランクーシ、ジャコメッティーやヘンリー・ムーアなど、20世紀初頭の、ほぼすべての芸術家に影響を与えた。その概念が抽象芸術に発展し、さらに現代美術にまで及んでいる。
 そのせいか、アフリカ美術はヨーロッパやアメリカでは、もはやごく一般的な美術のカテゴリーであり、パリのルーブル美術館やニューヨークのメトロポリタン美術館もアフリカ美術の部屋を設けているほどである。
 アフリカの造形、美術は、思いもよらないデフォルメ、フォルム、表現力、質感など、理屈ではなく観る者の心に直接、訴えかけてくる力があり、たちまち虜になってしまう魅力がある。それは、数百年の間に淘汰された、民族の根源的な形、表現であり、何よりも生きるための願いがこもった魂の造形だからである。これは、精神的な創作の原点であり、20世紀初めの芸術家たちだけではなく、現代の私たちが観ても、きっと心打たれ、造形のヒントになるのではないだろうか。

マスク「ワニュゴ」 コートジボワール セヌフォ 木に着彩 長さ720mm
マスク「ワニュゴ」 コートジボワール セヌフォ 木に着彩 長さ720mm

マスク「ワニュゴ」  最も力強い魂が込められたダブルフェースのマスク。頭部には容器とそれを支えるカメレオンが彫られている。マスクは、この容器に入れられた薬から力を得ていると信じられている。ワニ、カバなどいろいろな動物の部位を組み合わせてイメージされている。これは、雷を起こし、火を吐くといわれている強力なマスクである。マスクには森の精霊が宿るとされていて、葬送の儀礼や重大事件が起きたときに現れて、「ニカ・アベレ」という邪悪な精霊を探し出して滅ぼすという。

蛇の頭上面「バンソニイ」  ギニア バガ 木に着彩 高さ1882mm
蛇の頭上面「バンソニイ」  ギニア バガ 木に着彩 高さ1882mm

蛇の頭上面「バンソニイ」 頭上面「バンソニィ」は葬送儀礼や成人儀礼のときに、雌雄で現れ、踊ったり戦ったりする。バガの男は、この大きな彫刻を肩に乗せ、バランスをとって踊る。首から下はラフィアの繊維で作った衣装を着て、あたかも大きな蛇が踊っているかのように見せた。この蛇は最大級のもので、このように、うねった姿のものは珍しい。


伊藤 満 (いとうみつる)

1952 年生まれ。1975 年金沢美術工芸大学卒業。(株)資生堂宣伝部に入社。

1993 年ヨーロッパで初めてアフリカの美術に出会い、ボボの牛のマスクを購入。

以来アフリカ美術を蒐集。2009年(株)資生堂を、役職定年により退社。

2010 年アフリカンアートミュージアムを山梨県北杜市長坂町に開館。同館代表理事・館長。

アフリカンアートミュージアム 

http://www.africanartmuseum.jp/visiting.html