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2021年 韓国の展覧会レポート

稲葉真以(いなばまい)光云大学副教授

 新型コロナウイルスの猛威は相変わらず衰えない。韓国の国公立美術館や博物館は基本的に予約制で、うっかりしていると予約が埋まってしまって観られなくなることもあったりする。展示をする方もコロナ禍で苦戦を強いられているが、2021年も見ごたえのある展覧会がいくつも開かれた。そこで今回は 80年代の民衆美術運動の作家たちを中心に印象深かった展示を紹介したいと思う。

 まず初めはソウルの芸術の殿堂で開催された大規模な木版画展「木、絵になる」(5.4. ~ 30.) だ。一言で言うと韓国の木版画パワー爆発!全体は 3つのテーマで構成されており、民衆版画家を含む 18 人が参加した。第1部のテーマは「国土」だ。韓国木版画研究所長であるキム・ジュングォンは、魯迅美術学院で培った精巧な技術を駆使し、韓国の豊かな野山を繊細かつ色鮮やかな多色刷り版画で表現。キム・オクの全長約10mに及ぶ大作<南道風色>(2016) は、朝鮮半島の南に位置する全羅南道の風景を細やかに刻みつけた壮大な叙事版画となった。民衆の姿を描き続けているホン・ソヌンは<済州 4.3 鎮魂歌>(2018) で、1948 年に済州島で起こった 4.3 事件を主題にした。民衆版画特有の素朴な図像が、ジェノサイドの被害者に対する作家の思いを伝えている。

 第 2 部は「人」。日本軍慰安婦だった 15 人のハルモニたちを描いたチョン・ウォンチョルの作品が特に目を引く。<向かい合う>(2005) は、リノリューム版画を PVC に摺った異色の作品だ。薄い半透明のシートに浮かび上がるハルモニたちの肖像は、彼女たちが歩んできた苦難の人生を感じさせる。一方イ・ユニョプは、厳格なチョンとは対照的に大小さまざまな版画をランダムに展示。イは米軍基地拡張反対運動や労働運動などの現場で版画を摺りながら活動した作家で、諧謔にあふれる表現によって韓国民衆の本質をストレートに伝える。

 最後の第 3 部「生命」は抽象作品で構成された。版画を壁面とフロアを使って大胆に配置したカン・ヘンボクのインスタレーション<華厳>(2015) や、単純化させた木を描いたキム・サングの<木 No.1020-1931>(2016) など、内容よりも形態に重点を置いた作品が連なった。 大型版画で埋め尽くされた「木、絵になる」は民衆版画のパワーで見る者を圧倒する展覧会であった。


 2つ目の展覧会はソウル植物園で開催された「静かな騒乱」(4.20.~ 10.24.) で、80 年代から民衆美術家として、フェミニストとして韓国社会の問題に取り組んできたチョン・ジョンヨプの 90 年代以降の仕事を展望するもの。収穫の喜びに満ちた農婦の姿を軽快な色調で描いた<オモニの春>(1991) などからもわかるように、「生の美術」をテーマとするチョン・ジョンヨプのまなざしは、常に女性や日常、社会から疎外されたものへと向けられ、それは植物や昆虫へも注がれていく。アトリエに集まりくる蛾や、芽の出たジャガイモにもチョンは、生命のダイナミズムを見い出している。


  3つめはシン・ハクチョルの「韓国現代史」(10.6. ~11.1.) である。シンの<韓国近代史><韓国現代史>シリーズは、雑誌や新聞の切り抜き写真のコラージュを基に油彩で描いた民衆美術の代表作だが、本展ではフォト・コラージュそのものに焦点を当てている。会場のナム・アートを運営する評論家のキム・ジナは、エスキースとしてのコラージュこそ、シンの歴史意識を美学的メッセージに転換する語法であり技法だと言う。歪曲された人体は軍部独裁に抑圧されつつも屈しない民衆の姿、エネルギーの表現だ。また今回初めて展示された初期作品の中には外務大臣時代の大平正芳の写真もあり、60 ~70年代から東アジアの情勢を鋭く見つめていた作家の社会に対する問題意識が改めて示された。


 最後に日本の民衆美術家の展覧会を紹介しよう。延世大学校博物館で開かれた「記憶の海へ : 富山妙子の世界」(3.12. ~ 8.31) である。日本美術会のメンバーでもあった富山は、日本の抵抗画家として韓国でもよく知られており1995 年にはソウルで大きな個展が開かれた。しかしそれ以後の紹介は主に光州版画シリーズで、26 年ぶりの大規模個展は注目を集めた。

 東京大学と延世大学の共同研究の成果でもある本展は、50年代の炭鉱シリーズから 80 年代の光州版画、晩年の福島原発事故のコラージュに至るまで、鋭い問題意識に立脚した富山芸術の全体像が展望できる内容。また富山が収集していた資料の一部も展示され、民主化運動における日韓連帯と富山の関係が改めて確認された。残念ながら富山は会期中の昨年 8月に 99 歳で他界したが、韓国メディアは日本以上に大きく報じ富山への敬意を表した。またこの度、国立現代美術館に富山の油画2点が所蔵されたこともここに追記しておきたい。

 新型コロナのパンデミックで浮き彫りになった社会の不安定さや、世界中で民主主義そのものが危機に陥っている今、民衆美術とその精神を受け継ぐ作家たちの活動は一層重要なものになるだろう。

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民衆美術運動については古川美佳『韓国の民衆 美術 抵抗の美学と思想』岩波書店 (2018)を参照。

富山妙子、延世大学での展示風景。 <菊花幻影>(1998)[左]、<南太平洋の海底で>(1985)[右]国立現代美術館所蔵
富山妙子、延世大学での展示風景。 <菊花幻影>(1998)[左]、<南太平洋の海底で>(1985)[右]国立現代美術館所蔵
富山妙子、1995 年の第 1 回光州ビエンナーレをオマージュした光州版画の展示。
富山妙子、1995 年の第 1 回光州ビエンナーレをオマージュした光州版画の展示。

稲葉真以(いなばまい)

光云大学副教授

民衆美術を中心に日韓近現代美術を研究