· 

「アラブの国からのMANGA展」から世界へ

ChalChal代表 相沢恭行(あいざわやすゆき)

アラブの国からのMANGA展
アラブの国からのMANGA展

 2022 年11月9 日~ 15 日東京・神田神保町の「ブックハウスカフェ」2 階ギャラリーで「アラブの国からのMANGA 展」が開催されました。アラブ諸国で活躍する漫画家たちに「次世代へのメッセージ」というお題で描いてもらった作品の展覧会です。

 僕のアラブ初体験は、2003 年戦争が始まる直前のイラク。そこで初めて友だちになったイラク人青年と盛り上がった共通の話題は「ドラえもん」でした。他にも僕が子どものころ夢中になっていたアニメ作品の多くがアラビア語に翻訳され放映されていて、今も日本のアニメ、漫画はアラブの若者たちの間で大人気です。

 

 日本の漫画に影響を受け、漫画家になるアラブ人も増えているとのこと。どんな漫画を描いているのでしょうか。

 出展呼びかけに応えてくれたのは、シリア、イラク、そしてリビアからの6 人のアーティスト達。情勢悪化で祖国を離れている方もいますが、いまだ戦禍にある国々の出身の方ばかりでした。

7名の出展アーティストの紹介
7名の出展アーティストの紹介

 シリア内戦と独裁政権を強烈に皮肉る風刺漫画を出展したHani Abbas は、シリア生まれのパレスチナ人。自らの作品のせいで迫害を受け祖国を追われ、今はスイスで活動を続け、多くの国際漫画賞も受賞しています。今回展示の作品はセリフなしの風刺画の連作。少年が開く絵本から飛び出した戦火で破壊された街、赤ずきんちゃんが歩く地球は背中を丸めた巨大な狼、警棒を持った消しゴムに連行される鉛筆、力の限りロープを引っ張っても倒れない頭の中の独裁者の銅像など、思わず息をのむ作品の数々は大きな注目を集めました。
 同じくシリア内戦中表現活動が原因でレバノンに逃れたAzza Abo Rebieh は、刑務所での仲間の捕虜の生活と女性たちの希望を描いたドローイングで中東のみならず世界各地で評判になったシリア人アーティストです。作品は中東を始めパリやニューヨークなど欧米の都市でも展示され、大英博物館にも所蔵されています。今回は子どもたちが集い長い手を伸ばしお日様にタッチする「Touch The Sun」で出展してくれました。
 Muhammad Hamze はかつて新海誠監督のアニメ映画の背景デザインを担当した経験もあるシリア人漫画家で、今回の出展作家の中で最も日本のアニメの影響を感じます。少年時代ずっと日本のアニメや漫画を観て育ってきたので、日本に初めて来たとき風景も人も懐かしく思えて、故郷のシリアよりも親しみを覚えてしまったとのこと。出展作品は、若返りができる魔法がかかった「光る岩」をめぐる老人と少年たちの微笑ましい短編漫画でした。
 イラク戦争中にバグダッドに生まれ育ったFarah Khudair は絵本新作「モンちゃんサバンナへ行く」で出展。アラビア語、クルド語そして英語の多言語絵本になっています。このモンちゃんシリーズは、イラク支援で活躍中の高遠菜穂子さんが代表理事を務める「ピースセルプロジェクト」より発売された日本とイラクの共同プロジェクト。「絵本と演劇で紛争を止める」という理念で、モンちゃんシリーズの絵本は現在イラククルド自治区で子どもたちへの絵本読み聞かせイベントなどで使用されています。
 そしてFarah の姉であるShahad Khudhair は描き下ろし短編漫画「You are the future」で出展。イラク戦争を生き延びた老人と、広場で一人の子をいじめていた子どもたちの会話を描いた作品で、戦争につながる自分たちの過ちを繰り返さないでほしいという強い願いが込められています。姉妹共にイラク戦争を体験し困難な少女時代を過ごしましたが、日本のアニメは彼女たちに生きる力をもたらし、やがて自分で漫画を描くきっかけにもなりました。
 Turkia Bensaoud は、リビアで11 年間UNICEF などの国際機関と協働し漫画やイラストを通して子どもたちの保護や平和の重要性、心の健康を促進するアートプロジェクトを続けてきました。今回は自画像的漫画で出展。作品の中で彼女は、「アラブの春」で2011 年カダフィ政権が崩壊後から今も続く内戦とコロナ禍という二つの災禍に挟まれて息が詰まりそうになりながらも、最後にはマスクを外して呟きます。「私たちは、今日を生きる(息をする)ことを忘れてはいけない。そして、私たちが持つわずかな祝福を楽しむの。いつだって…」

 来場者からは、「日本のアニメが世界で人気なのは知っていたが、アラブ人が描いた漫画は初めてで面白い」「日本からの影響と、アラブ人が現在直面している現実が不思議に調和して、深く考えさせられる」「もっと他の作品も観てみたい」などの感想をいただきました。
 この豊かな個性溢れる6 人のアーティスト達に加えて、日本からアラブ文化エッセイ漫画を描かれている天川まなるさんにも出展いただき、オープニングではアラブのマンガ事情など話していただきました。会期中は主催である僕たちの音楽グルーブ「ChalChal」による音楽紙芝居の公演とコンサートをはじめ、主にイラクの政治と文化に詳しい国際政治学者の酒井啓子先生、ジャーナリスト安田純平さんをゲストに招き中東・アラブの文化をより深く学ぶ講演会なども織り交ぜた融合イベントで、これまでにない客層も集うユニークな交流の場が生まれました。
 マンガという共通の文化によってアラブと日本をつなげたこの展覧会は、新しい友と平和を描く小さな一歩ではありますが、やがて世界を平和につなぐ大きな一歩になることを願って、今後も未来をつくる次世代の若者たちに向けた活動を発展させていこうと思います。


YATCH 
本名:相澤恭行 宮城県気仙沼市出身。シンガーソングライター。

父は洋画家の相澤一夫。2003年イラク戦争を平和活動「人間の盾」で体験。NPO設立しイラク人画家との文化交流事業。 アラブ音楽を日本語で歌うバンド「ChalChal」リーダー。高校非常勤講師(アラビア語)。