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行動するアート

4度の被ばくを一枚におさめる
この作品は無選別にインターネットでダウンロードした画像で構成されている画像はブログの記事だったり、映画・本の感想だったり、活動や運動の記録であったり、報道写真だったり、商品であったり、検索した一枚一枚には物語や想いが展開されている。まず、日本人が60数年の間に原爆、実験、事故により4度も被ばくを経験している事を1枚に収める予定だった。構想を練っている間に脱原発の運動が一般に広がり、6月ごろから官邸前や国会前、地元の運動に参加するようになった。デモや抗議の様子も追加し、ただ悲惨な出来事を表現するのではなく、戦う人々の存在もそこに含める事にした。昔と今とを対比しているうちに背景には戦争と安全保障の問題が大きく関係している事に注目し、それらの情報を追加していった。

コラージュ1945-2011
コラージュ1945-2011

 

私たちは民主主義を勝ち取った経験がない
世間がオリンピックの話題で盛り上がっている頃、ACTAという国際条約が日本で批准された。ヨーロッパ全土で反対運動が起き2012年2月にEU250万人デモ、7月14日のEU議会では「hello democracy! Good Bye Acta!」というプラカードを掲げてACTAは否決されている。日本では海賊版の規制、著作権の保護にかかわる一見聞こえのよい法案のように紹介され、マスコミは報道せず、条文が不明確で情報公開が不充分であった。言論、表現の自由を奪う可能性があり、インターネットの検閲をさらに強化する法案だ。ヨーロッパの人々を見習い、抗議行動、議員への電子メールや議員事務所への電話など、ACTAを阻止する市民の働きかけもあったが、問責決議で国会空転の中、ACTAは与党独断で強行採決された。検閲といえば戦後GHQの原子爆弾や無差別空襲の被害について知らせるものなどについて、ラジオ・新聞・雑誌他、一般市民発行の本に至るまで厳しく取り締まり、言論統制がなされた。それはいつのまにかアメリカが民主主義という自由を与えてくれたイメージにすり替わって、現在の一般的な民主主義という概念になったかもしれない。「hello democracy! Good Bye Acta!」という言葉は民主主義とは何かを考えさせられるきっかけとなった。私たちは民主主義を勝ち取った経験がない。長い年月をかけて戦い続けている人もいるだろう。しかしその姿は主体的に興味を抱いた者にしか可視化されていない。再認識されるべき問題と現在の問題を重ね合わせて時の経過と構造を理解しようとする時、インターネットが規制され、有益な情報が体制側の都合で削除されてしまうのであればそれは大きな損失であり、思考停止と無関心を助長するだろう。

秋葉原にてACTA反対周知活動
秋葉原にてACTA反対周知活動

 

愛と想像力
愛と想像力がなければ、戦争があった事実を認識しても、被害に遭った人たちにも生活や人生があるという事にリアリティを持つことはない。戦争とは生活や人生を破壊する行為そのものである。福島の人々は避難すべきか、その場に住み続けて復興すべきか問われている今、占領下において広島の被爆者の赤ちゃんが人体実験されていた事実が60数年たって、そっとインターネットのニュース(2012/04/22 共同通信「被爆者の赤ちゃん研究利用 1200人、遺伝影響調査で米」)で伝えられても、気がつく人間は少ない。私たちの抱えるいのちの問題が忘れ去られ、権利も認められず、時は経過し、何十年もたってそっと事実が公開される。その時には無関心になっていてその情報に価値をいだいてくれる人は減っている。広島、長崎、第五福竜丸、そして福島、4度の被ばくで何が起こっているのか一人ひとりが愛と想像力を持って考えなければ原発はなくせないだろう。

文科省前抗議行動「福島の子どもを西日本に避難させよ」被ばく者と共に インスタレーション
文科省前抗議行動「福島の子どもを西日本に避難させよ」被ばく者と共に インスタレーション

 

原発事故で違和感を確認する
今日、脱原発の運動が盛り上がった一因として、報道による福島第一原発事故、津波などの強烈なビジュアリゼーションとインターネットによる情報の拡散があった。福島の状況、世界の反応、放射能の風向きや汚染の状況、同じく原発の事故を起こしたチェルノブイリとの比較、食べ物の汚染の問題など、マスメディアから垂れ流される受け身の情報とはあきらかに質の違う国境を越えた情報がインターネット上で拡散されていた。私たちが管理され、生きている世界と、真実と感じるものにはギャップがあり違和感がある。自分にとって身近な存在にさえその感覚を共有する事は難しい。官邸前の脱原発の抗議に一人で参加し、帰宅後には想いだけで繋がるネットユーザーと情報を共有する行為は、感覚を共有できない違和感の確認作業であった。そして同じ官邸前という場所で、脱原発をきっかけに、反ACTA、反TPP、などの別の運動に直面し、私たちが管理され、生きている世界と真実と感じるもののギャップを埋めるためにはどれほど乗り越えなければならないことが存在するのかを知った。そして、それらをどう表現し誰に伝えるかという課題が生まれた。

反ACTA,反TPP反対周知デモ
反ACTA,反TPP反対周知デモ

私たちは見えないものと戦っている
私たちは見えないものと戦っている。それは戦争へ向かおうとする空気みたいなもの。実態はあってないようなものだが、ピースを一つ一つ確認すると、やはりそれは存在している。「戦争へ向かおうとする空気」は不要にナショナリズムをあおった石原前都知事の尖閣問題、徴兵制復活を目指す大阪維新の会、自民党の改憲案、外圧によるTPPの参加表明、規制につながる法案を通そうとする動きなどから感じ取れる。もう一つ、見えなくて五感で感じられないのが放射能だ。政府、マスコミ、御用学者は放射能の被害を過小評価し、何事もなかったかのように安全をアピールし続けている。戦後から繰り返される「放射能の被害はない、治療も必要ない」という同調圧がある。雨風によってばら撒かれた放射能は広域に拡散され、放射能を含んだ食品は流通し、震災瓦礫も全国へ拡散・焼却され、ゴミから出た高濃度の焼却灰は水源の近くで埋め立てられている今、そんな過去の呪縛に同調および無関心でいる事は自らの健康を放棄することに帰結する。

 

新谷香織

戦争反対周知デモ
戦争反対周知デモ