原子力サブカルチャー

私は1954年に生まれました。1954年といえば、3月1日ビキニ環礁で米国の水爆実験「ブラボ-」が落とされました。広島原爆の1,000倍の水爆でした、第五福龍丸だけでなく、一説では日本の漁船は1000隻以上被曝されたと言われています。その年の11月3日に東宝からゴジラが公開されています。

原爆と日本の係わり合いは1945年8月6日広島9日に長崎に戦略兵器として人類最初の攻撃目標とされました。核爆弾投下時に広島では死者、行方不明合わせて12万2338人、長崎では死者、行方不明合わせて7万3884人が犠牲になったといわれてます、その後5年間で広島で20万人、長崎で14万人がなくなりました。そして終戦後アメリカとソ連による核実験競争が始まります。

 

丸木夫妻の原爆の図の話は多くの方が知っていると思います。この原爆の図やその後にできた沢山の文学やあらゆる表現者による表現が戦後の日本の文化にも大きく核の傷跡を残しています。これらは原爆ドームとともに全てが負の遺産、いや、それこそが日本人が人類と地球の未来の為に残していかなければいけない核文化の遺言なのです。

 

今回はゴジラから始まる特に漫画やアニメ子ども文化とエンターテイメントに絞り推考していきたいと思います。

 

朝鮮戦争に核兵器が使われる危険性から全世界が動いた世界平和評議会は、1950年3月ストックホルム・アピールを宣言し、世界の人々に核兵器不使用を訴え、5億人の署名を集める事に成功しました。その結果、朝鮮戦争に核兵器は使われませんでした。

 

しかしその4年後アメリカはビキニ岩礁で再び水爆実験をしたのでした。その影響で東宝が以前から企画していた大作映画を急遽新しいものに作り変えたのです。ゴジラが放射能により突然変異を起こした恐竜であり「人間が造り上げた水爆という文明の利器によって、人間自身が復讐される」というコンセプトでつくられた立派な社会派映画をなんと数ヶ月のうちに彼らは作りあげます。今から思うと製作者の思いがひしひしと感じます。

 

最初のタイトルは、「海底二万哩から来た大怪獣」で、その後このプロジェクトは「G作戦」と名づけられました。ゴリラと鯨の合いの子で、ゴジラだからGなのではなく、最初の意味はジャイアント大きいという意味でした。社会派映画ばかりかで無く、驚くことにゴジラは当時ではありえない外貨を手にいれます。皮肉にも原爆を落としたアメリカのドルを手に入れ、優れたエンターテイエメント映画にもになっています。

 

今では日本初国際特撮怪獣映画「ゴジラ」はエンターテイエメント性のほうが大きく扱われています。そういうわけで私の人生には物心がついたころからもうゴジラがいたのです。

 

そして現れたのが鉄腕アトムです。原子力は人類と地球の生態系を滅ぼします。再生可能エネルギー転化は真の人類と地球の為の革命です。ですがその時代、原子力平和利用はみんなの夢でもあり、妹はウランでお兄さんはコバルトと名付けられます。

 

アトムの終わり方はいくつかあります。その中の最初のテレビアニメでの終わり方は未来の現状を予感しているようにも見えます。地球の危機の為に太陽に飛び込むアトムは、原子力からさよならして太陽光へという意味にも捕らえられるような終わり方にも見れるのです。また手塚氏はアトム掲載後に原子力発電を明確に反対と宣言もしています。

 

アトムの適役として作られたあの世界最強ロボットとして開発されたプルートは私にはプルトニームそのものに感じます。手塚氏は原子力平和利用に期待をしていましたが、その危険性も認知していて本来原子力も再生可能エネルギー転化までの代換エネルギーだと知っていたことが、アトムをよく読むと理解できます。それだけでなくアトムのもっとも大きなテーマは人間対ロボット。これは差別問題や人権や愛を大切にするテーマには最も適しています。また巨大な力と利権と権力の危険性を子ども達に訴えていたのです。まさに原子力村や原子力マフィアを意識させます。手塚氏は愛と平和と地球と子ども達の未来の為に藝術で世界を救おうとしたアートガードな人の一人だったと確信しています。

 

ところでこの時代出てきたヒーローはアトムだけでなくロボットやサイボーグまで原子力をエネルギーとしているものが多いのです。サイボーグのエイトマンのバックルにあるタバコは原子炉が暴走して核爆発を起こさない為の冷却材になっています。

 

この流れはしばらく進み、驚いてしまうのですが、あのドラエモンも原子力で動いているのです。この流れが大きく変わるのが宇宙戦艦ヤマトです。

これ以前にも原爆反対戦争反対で名作として「はだしのゲン」と戦争反対からの反核の漫画や表現は沢山ありましたが、それはアトムやドラえもんの流れとはまったく別の流れで、日本の核文化の重要な流れの本流であり本質であることをここで明記しておきます。

 

誌面ではここまでですが、日本美術運動のウエブでいくつかのパーツに分けて全文を紹介したいと考えています。今ガンダムに入る手前です。皆さんの意見やご質問をいただけれが幸いです。それが新しい検証と未来への架け橋の始まりになるかもしれません。

 


村田訓吉(むらたくによし)

1974年から何度か呼び方は変わりましたが、愛と平和と地球と子ども達の再生可能な未来というコンセプチュアルアート製作継続中。

NUC IS OVER GO GO GO。