地上と宇宙のドラマ 水村 昭 個展訪問記

7月27日(土)、吾野の一角にある会場、田島学園吾野芸術の舘に向かう。休暇村奥武蔵に駐車し、あじさいが微妙な色合いを残す散歩道を抜け渓流に出る。大小の岩の間で水遊びする家族連れの姿があり、思わず見とれてしまう。山際の草道を3分ほど歩くと、白い塀に囲まれた築100年程の由緒ある吉田邸が見えてきた。古い家主は今はなく、狭山の田島学園が周辺の山林を含め買い取り、文化施設として提供しているのだそうだ。

門をくぐって、まず迎えてくれるのは、奇妙な形のお地蔵さん?ではなく、水村さんの代表作の一つで、「おいらいきものだい」という愛らしい作品だ。動物、植物を合体させたような構造で、足元には蛇や犬の頭のようなものも隠れている。発表当時、子供たちに抜群の人気だったそうだ。玄関先の外壁には100号位の美しい色彩の抽象絵画が、水村ワールドへの期待感を高めてくれる。この作品は拡大されて山口観音金乗院鐘楼の天井画になっているそうだ。玄関の土間に入ると、床に野菜と花のセットの木彫があり、奥座敷の陰影を背景に細長い抽象形態の木彫が番人のように立っている。右手の12畳ほどの和室二間(畳は取り除かれている)が、メインの会場だ。すでにお客様はいっぱいで、それぞれ自由なスタイルで鑑賞している。最初の部屋は宇宙人のように見える1mぐらいの高さのオブジェを中心にたくさんの浄土の花のようなものが取り囲む大作になっている。(「地上は風」)材料はメタセコイアだそうで、捨てられていたものを活用したそうである。周囲には四季をテーマにした抽象画に続き、ひまわりや海景らしき具象画が数点並んでいる。どの絵も揺蕩うような光の表現がすばらしい。

 

次の間はもっとテーマがしぼられ、「七重奏―風のロンド」と銘打った集合作品が中心に陣取り、壁面はすべてハッブル望遠鏡でとらえた宇宙の壮大なドラマを油絵で再現している。これが不思議と、水村氏の立体作品とマッチしている。周囲の世界があまりにも巨大なためか、床の間には「球を抱く」という30cm位の作品が飾られているのだが、この球は神の手に抱かれた地球のようにも見えてしまう。最近の地球の荒廃や不条理を見るにつけ、「どうか神様お守りください。」と、嘆願したくなる。私はその下に置かれた「膨張する立法体」が気に入ったが、これは大きな作品のエスキースで、本体は御影石でつくられ、智光山公園に設置されているとの事。廊下にもいくつか立体作品が置かれ、氏の作品の多彩さが覗われる。訪問者も老若男女、千客万来だ。

 

 この作品展は水村氏の長く豊かな経歴の中ではごく一部のものかと思うが、教職退職後の20年位の中で集中的に創作した作品群で統一感がある。特徴としてはノミの彫痕と表面の白地が交互によじれて表れているのが「縄文」を思わせる。どの作品も力技だけではなく、徹底した木材との対話が試みられているようだ。日頃やさしく、気負わない水村氏であるが、こんな体力勝負のお仕事を長く続けられてきたことに感嘆と羨望を感じながら、ますますファンになった次第である。油絵の方も色の美しさに改めて感動した。宇宙への関心がさらに広く深い思考を呼び起こし、創作を生み出し続ける基盤になっているのであろうか。

 

この展覧会は会場が大自然に囲まれた古民家で、鑑賞者を構えさせずくつろがせてくれる「魂の遊園地」になっていると思う。一方建物が時代の強い個性(大正から昭和初期)をも持っているため、作品との相性が難しい面もある。面積的にも限界がある。これはこれとして、この数倍の広さのホワイトキューブの中でこの作品たちと会ってみたいという欲求も涌いてきた。次回の展覧会が楽しみである。

 

菱 千代子

 

 

水村 昭 略歴

1932年  埼玉県狭山市生まれ 1958年  東京芸術大学彫刻科卒業 

埼玉県展、国展、二紀展、アジア美術校友会展、埼玉美術の祭典、アート未来展、日本アンデパンダン展等に出品 多くの展覧会で特選、大賞受賞、 所沢、狭山の公共施設、公園等に木彫、石彫、ブロンズ像等設置

現在  日本美術会会員、狭山市美術協会会長、埼玉平和美術会会員、埼玉県美術家協会会員

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コメント: 1
  • #1

    倉持尚三郎 (月曜日, 21 12月 2015 11:42)

     先日、智光山公園の六面体の膨張という彫刻を拝見いたしました。素晴らしい作品ですね。あれは何を表しているのでしょうか。私は膨張していく宇宙を感じました。よろしく解説をお願いします。
    E-Mail kuramoti3697@yahoo.co.jp