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「青年美術展」と「地平展」

約二年の改修工事を終えリニューアルした上野の東京都美術館に行ってきた。
この工事の詳細はわからないが、当時の僕は、
ほぼ全ての団体が国立新美術館に移ったことで、芸術に対して虚しさを感じていた。
建物ひとつでこんなに方針を変える風潮は、一体なんなのだろう、と。
その時はもう復活しないと思っていた都美術館が、やっとこさオープンし、
しかも過去に出品したことがある「青年美術展」が開催されたことを知り、
最終日ぎりぎりの時間に行き着いたのです。

今回の青年美術展は、都美術館の工事の問題で関係者が変わったりしていたが、
昔を思い出すように次々と青年(男女)の作品に興味がわいてきた。
以前は他人の作品にそれほど興味を示すことなく、ただ見ているだけだったが、
今回は批評も兼ねて見させて頂いたので、じっくりと作者と向き合うように画面を見つめた。
人それぞれ表現方法が違い、僕のステレオタイプな価値観を次々に壊してくれた。
まさにこの価値観の破壊こそが、アートの力なんだ。
どんな素材を使ってもいい。音楽もミックスしてもいい。
僕はただの鑑賞者にはなれないな、と思い知らされた。
こんなにいい作品をみると僕は表現活動のモチベーションがどんどんあがっていくのだから。

主なブースとして二つホールが使われていた。
しかしそのホールの中にもさらに小さいブースにわかれていて、
作者によって「場所づくり」も個性的だった。
あいにく最終日だったので作者さんなどと直接話すことはできなかったのだが、
そのぶん作品をじっくりみることができた。
「青年」とひとくくりにしても、住んでいるところや性別もバラバラで、
大学生だったり、大学生じゃなかったり、とそれぞれの立場でその人なりにしっかり作品に仕上げられている。
最も強く感じたのは、とにかく「人にみてもらいたい」という内に秘めた想いがダイレクトに伝わってきた。
鳥肌がたつ瞬間、僕はその想いを受け取り、突然立ち止まってしまうほどに、力を込めたメッセージにあふれていた。
そして、ああ、こんなところに仲間が居たじゃないか、と涙がこぼれ落ちそうになった。
なぜ今まで展覧会に足を運ばなかったのだろう、と自責の念がこみ上げてきたが、
同じ瞬間に、今からでも遅くない!と感じ取った。

確かに、運営している団体がどうだのこうだの、と悪口を叩くことはできる。
だけれど、その運営者がいなければこの展覧会も開催できないのであって、
やはりそこだけは尊重し感謝する部分であると思う。

が、それだけに屈しているだけでなく、その先にさらに広い世界が待っていることも確かなので、
尊重しつつ批判精神を忘れないこと、それこそがアートの出発点だと思う。
閉ざされた空間を肯定しつつ、その居場所と別のまた閉ざされた居場所をつなぐことで、
広い空間でも表現していいんだ、というメッセージを発信していきたい。
僕も若者なので、一緒に表現していきたいのです。

その帰りに、「地平展」というまた新しいスタイルの公募展もみさせてもらった。
画風と名前をよく確認しながらじっくりと鑑賞した。
ちょうど若い作者がその場に居たのだが、恥ずかしくて話せなかった。
音楽とアートの融合がとても素敵で、もったいないくらい優れていたりした。
しかしここでしか関われない仲間もいる、というのも事実だ。
確かに有名な作家さんがいて出しづらい、と僕も思ったが、
そんなのことを気にせず出してしまう勇気は素晴らしいし、
僕も来年から出したいと思えたのです。
やはり同世代の仲間を作る、見つける、というのは最も大事な部分なので
団体名を気にせず個人と向き合う努力は大切だと実感したのです。
いい作品を本気で作りたい気持ちがあるからこそ、ようやく同世代の作家さんたちに興味がわいてきました。

この二つの「青年美術展」と「地平展」、
今後については想定できませんが
僕はこれからの動きに注目し、それらをどうやって僕の表現活動につなげていくか考えさせられる展覧会でした。
様々な人たちとの「化学反応」は、アートをより楽しく、深くするものだろう。。。


昌人_人23

地平展 会場
地平展 会場