西良三郎氏の作品

その作品はアンデパンダン展や主体展の会場でも目立った。作品のある場所には深い、それこそ日常と違った時間が流れているよう。作品は日本の難波田龍起、末松正樹、フランスのマネシエやダ・シルヴァなどの第二次世界大戦後活躍を始めた色や線を自立させて形態を残す、混沌を含んだアメリカのアンフォルメルとは違い澄んだ心情と清潔な感覚を感じさせる抽象画家に近い。しかし西さんの作は他の画家たちとは(作品良し悪しではなく)違った印象をいつも受けた。その時は分からなかったが、日本の画壇や一般人に受け入れられにくい理由でもあったようだ。その印象は今回の作品集の図版を見ても変わらない。その作品に惹かれるのはもちろんであるが、日本の油彩の中で特殊な作か、それとも西洋の伝統に連なる油彩であるのか、その疑問に手をつけてみようと思う。

日本の美術は外国の影響下に作られたものが多い、いやほとんど中国の様式そのものの作品もあり、それは現代のタブローにもあてはまるようだ。例えば抽象画家でさえ一つのスタイルをつくることで鑑賞者との間に暗黙の了解を築く。私達が生きているこの空間を造形化する矛盾はない。いままでの慣習を踏襲すれば、「色とは形とはイメージとは」そのようなことで迷う必要もない。見る方も作る方も続けることに飽きてきたらまた作風を変える、いわば新しいデザイン。日本は審美的な固定化された「美」の風土かもしれぬ。


西氏の作品を見るとそのような安定した物語とはまるで違っている。色彩の美しい絵とは思うのだが、(絵の具をべったりと塗り輝かしたものではない)そのひかりに魅了されながら、ひとつひとつ違った輝きを秘めた作品をどう解釈したらいいか迷った人も多かったのでは。しかも80年代中頃までの作はラテン的とでもいうべきライラック色の勝った軽い響きもあるが、晩年は一作一作ごとに違った重い響きの色彩が基調音になる。具象的な作品もあるが抽象的な作では黒を多用し画面を大きく占め、輝かしい彩度を持った形態が顕れ消えていき暗示しあう場にしていく。ボナールやセザンヌ、モネ等の晩年の油彩に通ずる限界を破った夢のようだ。


その形は即興的な遊びとでもいうもの、唐突な発見の喜びと怠惰な夢を私達に与える。夜の沈黙と昼間の輝きが矛盾なくある深海をのぞいたような複雑な世界が開く。その謎はしつこく絵の具の力を確かめるように絵の具を重ねた粘性をもった部分、安らぎを感じさせる薄い揮発性のテレピンで描かれた部分が同居する画面。キャンバスに絵の具を筆でつけていくという行為、その技術、プレイに語らせている部分が大きいのだ。


西氏は「昔は海など描いたが今は風景を見ていると退屈しちゃう」と言い、「この建築はとても美しい」と新しくできた高層建築を指差した。今回作品集モノクロの図版等を見ると、「黒のなかのぶ建物であるが高層建築というか聖堂?を横から上から見たような形態が「黒のなかの物象」という作ではあり、偶然見えるのかもしれないが、ただ色を並べただけでなく物を描くという意識に制作は貫かれていたと考えてもいいのでは。 西氏の恩師海老原喜之助は散歩の途中、「画家は見るものすべてが油絵具の塊に見えなければ」と言ったという。「そのころ住んでいた人吉は黄色い土壁の倉庫が多く、海老原さんはその色、形に影響されたみたいだね。」楽しそうな西さんの述懐を思い出す。


海老原氏の影響を受けたとはいえ、個性を誇り、自分だけの感性、技術を信ずる単純な思想の作品がまかり通っている美術界では受けいれられにくかった。そしてその作品を独自に成り立たせている力、それは西さんのもう一つの職業とした音楽でいえば、アレンジする力に近いのではないか。生前アレンジャーとしても著名であったがアレンジは創作と同じようにポピュラー音楽では職業として成りたつのは承知の事実だ。コピーアンドペーストという便利な言葉も広まったけれど、色、形態を他の作品から引用することを含みながら、日常に接する「物」から一つの作品にアレンジしていくこと。その生成していく場所にしていくこと。村永氏が西さんに「この形はどこから来たのですか」と個展に飾ってあった作品の部分を指さして聞くと「あちらの作品のあの部分から」といったという。生前、西氏は作品の良し悪しは技術が99パーセントと言っていたが、アレンジしていくだけで一つの平面に世界を語らしめ油彩の伝統に繋がるとはなんという自負だろう。


作品をもう一度見ていくと15号から30号位の作品、ちょうど両手で抱えやすい大きさに充実した作が多い、公募展に出す大作では息を切らしてしまったような作もあり、必ずしも大作では西さんのアレンジする力、即興する力が十分に発揮できなかったようだ。もちろん1987年「神々の闘い」1992年「夏の日」1994年「ミッドナイト」のような秀作も多いが。その中でも最後に顕れた120号の大作二点ではさすがに理性を超えた感覚のぶつかり合いとでもいうような弁証法的?な力、それはカンデインスキーやワグナーの途方もない大きい世界を思わせる。ドラマチックで硬質であるが同時に豊かさを伝える作は他の日本の画家からは得られないものだ。(オペラシテイであった難波田龍起展のカタログを偶然見たが、文人画等の日本美術が難波田晩年の作に影響与えたと論じてある、最初自由美術に所属した二人であるが、西氏とはいろいろ対照的なところがあり比べてみると面白い。二人ともすぐれた抽象の作品を晩年に作ったが、国家公認になった難波田に比べ無冠?でほとんど作品は世間表面に出てこない、時流に超然と見えるところは西氏らしいと言ってしまっていいのだろうか)

この作にはどのくらいの時間が詰まっているのだろう、創作とは暗闇のなか、泥の中からわずかな砂金を掘るようなドンキホーテのような行為だ。このようなこともできる、そうだこのようにもと力をふるう声も聞こえてくる、そしてできたものといえば生の謎、人間の持っているイメージを少し深める作品だけなのだ。現実に動いているものよりも少しだけ柔く強いものなのか額縁に入った絵、見る者の目を生き返らせるもの、人は絵によりこの生の不思議さにうたれることがあるのだろうか。ここで生まれる愛、ユーモア、信頼こそ貴重なものだろうが。

西氏の作はデイレッタントの道楽のように思われ、その面からも他者による理解はむつかしかったかもしれぬ、しかしその存在は油彩と音楽にユニークな軌跡を残し、それはあまりに肥大化した現代の情報社会の中で生きる人、そして日本の美術にとっても一つの小さくはあっても確実な灯台なのでは。


小野章男