危機と美術-21世紀美術家の創作課題-

2014日本美術会シンポジウムが10月12日(日)10:00~17:00 東京・文京区湯島-平和と労働センター2F大ホールで開催された。危機と美術をテーマに「芸術の歴史的視点から」、「戦後美術・アンデパンダン展の歴史から」、「感性の変容と芸術-日本の文化芸術の現状をふまえて」の3部構成で、創作課題について沢山の問題提議と資料の提出が在りました。当日は100人が参加し、熱気あるシンポジウムになりました。ここではその一部を紹介します。                   

(編集責任:k)


「芸術の歴史的視点から」

講師:上野一郎 (10:40~11:30) 質疑・討論(11:30~12:00)

●コーディネーター:木村勝明

パワーポイント使用のわかりやすいレクチャー。(伝統と創造・表現手段)「視覚芸術・その継承造形は古来から環境空間と関わっている。今後さらに新たなジャンルが生まれるだろう」「内容的な要求が様式の改変を生じさせて、納得がいく新たな形式が生まれる」

(形式と内容・美術の自由と発展)「ヒューマニズムを踏まえた人間観、社会観、世界観を持って、危機のと標された現実を正確に深く把握することが歴史の進むべき方向=未来を見出す鍵であろう」など美の本質的問題の提示があり、「想像力は創造への道を開く、想像力には歴史的アーカイブ(資料庫)も寄与する。学ぶことによって新たな地平線が開け、インスピレーションの源は増大する、その一助として2010年の郡山シンポで話した美術の始源に続いて西洋の中世美術の一端を紹介」として、画像多数の上映。中世の大衆のエネルギーあふれる意匠や絵や彫刻の面白さを味わいました。最近の報道では、インドネシアの洞窟で発見された壁画はヨーロッパのものより古い物である事など、ケルト民族の美術など、まだまだ新たな展開が予感される内容だった。


「戦後美術・アンデパンダン展の歴史から」

講師:北野 輝 (13:00~13:50) 質疑・討論(13:50~14:20)

●コーディネーター:宮下泉

1)戦後民主主義最大の危機に直面している、「危機」は地球規模。


2)危機打開の可能性、「体を使って模索する行為自体が希望」(ノーマン・フィールド)現にいま行われている「行為」の一つ反原発(脱原発)の官邸前金曜行動は老若男女・階層・党派などこえた自主的・自発的な市民運動、それははからずも「中核規定を持たない多元主義的連帯」(2006年、永井潔)という運動形態。


3)「党派流派を超えた大結集」(創立宣言)を目ざした日本美術会は、戦前には実現しなかった統一戦線を志向。

 現行の「趣旨」(2011年改定)からも様々な立場の自立した諸個人対等平等な運動体であるがゆえに特定の表現方法(創作方法)、一定の「批評の基準」を会として統一的に採用することがなかった。


4)日本美術会の主催する無審査・自由出品の日本アンデパンダン展は、大局的には生活者の意識と創造力に結びつき時代と社会に真摯に向き合うヒューマンな姿勢を貫きつつ、表現の「多様性」(~1970年代)から「多元性」(1980年代~)へ転じてきたととらえられよう。


5)1989年の第42回日本アンデパンダン展以降、従来の諸ジャンルに加えて「インスタレーションをはじめとする新しい表現」に門戸が開かれた。従来のジャンルや展覧会芸術の大枠を超えた「多様化」であるから「多元化」と呼ぶのが適切。「放恣な多元主義」ではなく「連帯する多元主義」(?)「未完のプロジェクト」である近代の「啓蒙のプロジェクト」(ハーバマス)を受け継ぐこと。


6)アンデパンダン展が多元主義の道を歩み始めてから25年になる。その総括的分析と検証。2012年、3.11後の最初の展覧会である65回日本アンデパンダン展は「歴史的」


7)8)9)多元主義的連帯の造形化とでも言うべき「ボーンフリー・ゲルニカ」からの問題提議。

 日本アンデパンダン展が自立した出品者の創造性や批判精神を充分に結集した場になっているか自ら問われ続ける必要。市中や自然環境の中での展開されることが趨勢となりつつある現在。こうしたアンデパンダン展の限定も根本的に再検討する必要に迫られているのではないか。


 6)~8)の補足として61回展、65回展、66回展。67回展から多数の作家の出品作がプロジェクターで上映された、コメントもあったが、50分の講演内ではかなり難しかったかもしれないが、具体的であったという点、実際の作品などにそった歴史的総括という点では、一つの指標を提示されたように思う。


ボーンフリーアートジャパン(坂口しほ・増山麗奈・インドと福島の子ども達) ボーンフリー・ゲルニカ
ボーンフリーアートジャパン(坂口しほ・増山麗奈・インドと福島の子ども達) ボーンフリー・ゲルニカ

「感性の変容と芸術-日本の文化芸術の現状をふまえて」 -現代美術の失敗と危機   

講師:荒木國臣 (14:30~15:20) 質疑・討論(15:20~15:50)

●コーディネーター:稲井田勇二

 荒木さんの講演は独創的で、映像・音楽・録音など使って、知的で刺激的な問題提議にあふれた講演だった。

 サミュエル・バーバ「弦楽のためのアダージョ」を流して、フジタ嗣治「サイパン島同胞臣節を全うす」の映像。信時潔「海ゆかば」が流され、その後当時の大本営発令のラジオ放送を流す。ある意味映画的な手法で始めた講演手法は全体が「対位法的」な手法で内容を交互に提示するような方法で進めました。これは珍しい方法ですが、聴衆には疲れる人、戸惑う人もいたと思います。【芸術と権力】との問題に話を進め、いろいろな実例を提示。【戦後の出発】では日本美術会の結成趣意書(1946年)1、日本の美術家はアルチザン的で社会的視野に乏しく、思想性が貧しい 2、派閥に分かれて連帯の組織がなかった 3、美術と市民の結びつきが弱い 4、美術家の生活保障がないという今でも続く問題。


【現代の状況】

(1)3・11、原発、温暖化、IPS(STAP)細胞 

(2)新自由主義の問題

     問)異常な個人主義 問)自殺率の高さ 

   問)なぜ現代芸術は労働現場を描かない

         問)なぜ身体加工の表現が・・

(3)代表民主制の危機とポピュリズム

 ―芸術の世界にも波及 決める政治-独裁願望 抑圧の移譲

(4)情報化社会-バーチャル人工環境による時間と空間意識の操作と同時化

(5)感性の両極分解 a)村上隆「起業論」 

             b)成熟を忌避する美意識

参加の感想

 2014年10月12日に行われたシンポジウムでの3者の講演のうち荒木國臣氏の講演に興味を持ちました。


 藤田嗣治の絵画と当時作曲された音楽との比較からはじまって、現代の危機的状況を豊富な資料を駆使して概説して頂いたと思うのですが、資料のページを探しながら次々にくりだされる事例に聞き入っているうちに時間が来てしまったという感じでした。


 正直な感想は、数倍の時間をかけてじっくりと聞きたかったということです。なぜ2時間ほどの講演にこれほど内容をつめこんだのかと思いました。しかし考えているうちに、これは荒木氏の手法なのかもしれないと思う様になりました。


 というのも、荒木氏は、ご自身が創作者でいられるようで、(講演のなかでも自作の曲を演奏されましたが、文学もやられるとのこと)この講演も1つの創作物として考えて、あえて細部の説明を省いたのではないか。資料は提供しましたよ、後は皆さん各自で考えて下さいと。創作の課題は人から与えられるものではなく、自ら発見するものですよと。


 私の中に今残っている「荒木國臣」という人格と出会ったという記憶。これこそが荒木氏の表現したことかもしれません。でもやっぱり、もっと時間をたっぷり使った荒木氏の講演を聞いてみたいとも思います。


(村永 泰)


昨今の日本の状況が戦前の満州事変前後の雰囲気によく似ている、といわれて久しい。しかし、つい最近まで戦争する国に向かいつつある危うさを肌で感じ取っていたのは一部の人たちだけ

で、それが多くの人に現実の、自身の生活の問題として感じられるようになったのは、やはり福島の原発事故を体感し、安部内閣の解釈改憲のごり押し以降のことであろう。


 紀元前より昔、飢饉や自然災害、紛争などの形で危機は存在していた。が、現在と決定的に違うのは、第一次世界大戦以前は、地域的、限定的であったのに対し、以後は、危機が世界的、そして、人類が核を手にし、アメリカが、ヒロシマ・ナガサキに原爆を投下して以降は破滅的になったということだ。取り巻く環境がグローバル化するにしたがって、危機もグローバル化している。


 北野さんが語られた表現手段の多様化は、それに呼応するものだったか。ひとつ原発の問題をとっても、さまざまな素材で、さまざまな側面から作家がアプローチしている。このことこそ多元ということか。


 俳優・大滝秀治さんの本*の中に、滝沢修さんの言葉として「君の芝居は勢いでやっている。表現は意思であって感情ではない。以下略」とある。今まで私は表現は意識である。と思っていたが、ここ最近の反原発・秘密保護法反対のデモを見ていると、これは国民の意思の表現である、と感じるようになった。表現は意思である。これは諸芸術全般にも通じることのように思える。


 危機という言葉は抽象的だ。原発再稼働・改憲の動きも、政府による公共放送人事の露骨な介入も、一連の動きの中にある。個人的には現状を、国家総動員体制下の、と捉えている。そういった現状下の美術とは。まさに私たちは危機の真っ只中にいる。

 *長生きは三百文の得・大滝秀治写文集(集英社)


(杉山まさし)