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「中谷泰展」雑感

「没後20年 中谷泰展」三重県立美術館
「没後20年 中谷泰展」三重県立美術館

※美術運動141号(2014年3月発刊)

 

 今、三重県立美術館で「没後20年 中谷泰展」が開かれている。

 

 津の駅から西口をまっすぐゆるやかな坂を上っていくと左側の小高い丘の上に建っている。かってタヌキの親子を見たこともあるほど緑豊かで閑静な空間は、とても落ち着き、じっくり作品とも向き合えて好きな美術館である。

 第3日曜は親子参観の日で無料であり、財政難を学芸員やボランティアの人達が工夫したり奮闘しているのを見ると応援したくなる。ここの美術館は企画展もおもしろく、何度となく訪ねているが、地元に関係する作家を大事にしていて、最近のイケムラケイコや橋本平八は印象深く、曽我蕭白は圧巻だった。


 所蔵品もゴヤの版画他見るべきものも多く、彫刻の義柳達原の部屋はいつ行っても魅力である。こんな美術館だからこそ、松坂出身の中谷泰の展覧会が開かれるのも納得がいく。三重の自

然や風土には独特の芸術や文化を育む豊かなものが伝統的にあるのかもしれない。そんな空気が中谷泰の絵にどこかで息づいているように思えてならない。


 彼が79歳の時、1988年、ここでひらかれた大回顧展は感動的なものであったが、没後は赤旗まつりで開かれて以来の大きな展覧会で、今ここで開かれるのはとても意味のあることだと思っている。彼の絵はご存知のように一見オーソドックスで誠実な画風で、嫌味な自己顕示とは無縁である。幼い時に家族を亡くし、絵を描くことで自分を支えてきたせいかもしれない。戦前戦後を通じて春陽会や日本美術会、平和美術展と激動の時代をコツコツと制作を続けてきたその絵は、その時代時代の空気を静かに捉えていて、美術にとって何が大切なのか、多様化して焦点の定まらなくなった現代美術の状況の中で改めて考えさせてくれる気がする。ここ数年、戦後日本美術を検証する動きが目立つ中、混迷した美術状況から将来に向けて美術の持つ価値、意味を考え直すことのできる貴重な展覧会かと思う。


 中谷泰(本名泰一、1909~1993)は、戦前から春陽会を活動の母胎として出発し、この会の「日本に土着した油絵の完成を目ざす精神」「ゆるぎない探求心と研ぎ澄まされた造形意識、作品と向かう姿勢」を木村荘八や中川一政、鳥海青児や岡鹿之助らから受けつぎ、油絵に関する研究もほとんど独学で探求を重ね、この豊富な知識と経験は後々の民美や芸大の若い人達の指導に生かされただけでなく、自らの画風の確立の上で大切な土台となった。この春陽会が彼にとって一つの職場だったとすれば、戦後1951年に入った日本美術会は彼の絵画を創造的に飛躍させ、確かなものにする試行錯誤の場でなかったのか。彼は「良き友人に出会えた」と言っている。朝鮮戦争を前にして美術家懇話会に参加し、積極的に平和美術展を立ち上げてゆくのは、戦争協力に加担してゆく文展につい参加して特選をとったことを後々まで悔いたことや、戦争で一人の弟を失ったなこどと人一倍戦争にたいする思いが強かったのではと察せられる。


 日本美術会の「戦後日本美術の民主的発展」という会派を越えた美術家同士の関係が中谷をどれだけ励ましたか。それは佐藤忠良や森芳雄、吉井忠、鳥居敏文ら8人で出かけた福島いわきの常磐炭坑の感動的なスケッチや当時の「新しいリアリズムの会」での論議につながっている。時代の激動と向き合い、ひと頃活発だったルポルタージュ絵画や「社会参加の芸術」のように中谷も農民や炭鉱夫、漁夫など労働者を積極的に取材し、現実の抱えている問題を人間像として造形化した時期がある。それをどう評価するかは意見がわかれているが、中谷自身不満が残り、それを感動した風景、炭鉱の絵をきっかけに常滑や瀬戸など陶土の絵を連綿と展開する中で克服していったようである。思いや思想は立派でも絵画的、芸術的に強固なものでなければと後日社会的テーマの難しさを語っている。感動した風景に人がいなくても人や生活の匂いのする風景を描きたかったとも言っている。私はこの頃の常磐炭坑の絵や後半の陶土の絵が好きである。この時代に中谷の画風は確立された気がする。


 彼の言葉の中に「弱いは強い」がある。ずっと気になっていた言葉だが、彼の絵そのものではないかと思う。一筆一筆その色彩のある斑点を感性を含ませながら積み上げていって画面全体を

構築し、ひとつの調和した空間を作り上げてゆく仕。斑事点同士緊張と響き合いを確かめながらも常に全体と個への意識が働いている作業はまさに「弱いは強い」仕事かもしれない。初期の頃の静物画は画面構成の造形意識がとても強いが、シャルダンを引き合いに出して「画家が人々と共に生き、人々を愛し、人々から愛された生活記録であってほしい」と言っていてそれは昔も今も変わらない。ガラス瓶に入った野花はキラキラしている。そう言えば中谷の絵の色彩はいつも新鮮な魅力を放っている。土肌の温かみのある色やオキサイドグリーンの中谷らしい緑、そして雪などの白、画面の所々にあらわれるグレ…ー。具体的な物の説明としての色斑ではなく、微妙な感性のニュアンスを含んだ色斑同士の関係、その源にいつも作者自身の感動があるようだ。これは人物画でも同じで彼がある面一貫して持っている姿勢を物語っている気がする。


 彼自身の言葉、「絵はもともと絵かきのいつわりのない気持ちが人々の心にひびき、気持ちをゆたかにするもので、人間のよろこびや悲しみや憤りやいろいろな動きを含めて、その共感が人々の思いでのなかに生き続けるものだと思う。わたしのこの素朴な考えは、むかしもいまも変わっていない。」地味だが芸術の本質を考えさせてくれる。「新しいリアリズム」とヒューマニズムの点で「中谷泰展」は魅力と同時に味わい深い展覧会だった。


服部証次 はっとりしょうじ(日本美術会)