小さな町からの大きな発信

 大阪の南部に位置する河内長野市は、和泉山脈を隔てて奈良県と和歌山県に隣接している。国道317号線を南に走れば高野山に至り、大阪中部地域のベットタウンとして新興住宅地が建ち、駅周辺ではショッピングセンターが賑わう。しかし、一歩入れば昔からの民家が並び、酒蔵があり、川が流れ、山にかこまれた田舎町の風情が漂っている。

 情報が飛び交う首都から離れた大阪を更に南下したこの地から、全国に向かって美術創造の声を上げる意気込みに共感した。


 展覧会の趣旨がある。



大阪南部、奥河内の地で活躍する美術作家が、この地で「創造と交流?を旺盛に行なうことが、今、求められている。


その中でこそ地域の文化環境が質的に向上し、ひいてはその試行の中で、新しい作家が、育つ土壌が作られていく。


そして、将来的には河内長野市を中心とした美術上の潮流を形づくる為、奥河内ビエンナーレのようなものを立ち上げ、全国から美術作家達が応募・結集する企画を展望する。


そのため今回の奥河内現代美術展を、その企画の胚種のひとつとする。


 中央集権的なものを嫌う大阪人心に炎をけしかける呼びかけ文が頼もしい。


 会場は、100号大の平面作品を中心とした〔ラブリーホール展示室〕、書・立体を含めた小品を〔ギャラリーほたる〕、立体・インスタレーションは〔天野酒醸造元〕の酒蔵庭内を開放され、三ヶ所に分かれて22作家46作品が展示された。大半が抽象的作品(具象・抽象の言い回しも今更感がある)だが、7日間の開催は悪天候にも関わらず、平日でも常に多くの鑑賞者で好評のうちに終わった。


 ビエンナーレで今回は第2回展になるが第1回展に至る経緯を代表に聞いた。


 河内長野市の記念となる文化活動として建造されたラブリーホールが、市文化振興財団として開館20周年の記念となる文化活動の活性化の願いと、市内で活動する「奥河内現代美術作家

会」の創作活動の想いが結実して「奥河内現代アーチスト展」として開催された。


 この展覧会が、行政が主催する市民展や、団体公募展、アンデパンダン展と趣が違うのは、主催者側が出品作家を選択して開催する事である。


 主催団体の「奥河内現代美術作家会」は数名の美術作家などで構成され、出品作家を検討する。申し合わせ事項として以下に基準を設けている。


1)河内長野市を中心に南大阪一帯で美術の指導者として活躍

している作家

2)公募団体会員

3)ふるさと作家(ラブリーホール主催で展覧会をした作家)

4)現代美術の大作を出品し続ける作家


 以上のように、今回の展覧会も「奥河内現代美術作家」のメンバーに加えて、それぞれ各公募団体の一員や他展で活躍する作家が参加している。


 市の行政、教育関係者も関心を寄せていたようで、初日から市長を始め議員も次々と訪れ、町の文化人、学生グループなど多数の来場があり好評を得た。出品者同士にも、新たな出会いと交流の場として互いの刺激になった。出品作家は各自の所属団体の中核として活躍していて、美術を通じて様々な活動をする人も多く、今後の拡がりが期待出来る。すでに、その予兆がある。河内長野市近隣の柏原氏では、「柏原ビエンナーレ」として6回を数える展覧会が続けられている。行政機関を含めた多くの実績があり、今回展の相談や参考に協力を得た。隣の富田林市では千早赤阪村の棚田を借りたインスタレーションが、これもビエンナーレ展で5回展を迎えている。このグループからも次回展の参加希望が寄せられるなど、一地域にとどまらない反響が出ている。南部地域の在住作家交流の場としての拡がりと、展覧会を通じて若い層の発掘、次代を担う作家の育成、創作活動を通じて行政を動かす実績創りにと、夢は大きく拡がる。こうして、大阪の片隅からの美術活動は、それまでの民主的文化運動や政治的使命感とは関わりのないところから始まった。作家として地域に根ざした「創造と交流」となる土壌作りと、流派、形式の違う作家が創作することの要求に駆られた、創作者の草の根運動とも言える。経済優先の政治の中で、文化・芸術に対して条件は充分ではない。市民の協力を得る働きかけ、周辺地域との連携、マスコミ等の呼びかけなど地道な努力が続けられる。今後の発展に期待を持って強く賛同する。


坪井功次 つぼいこうじ (日本美術会会員)