「第55回ベネチア・ビエンナーレ」 知的障害者の作品を評価した企画展 

※美術運動141号(2014年3月発刊)

百科事典的宮殿:マリノ・アウリティが20世紀半ばに構想した巨大な空想博物館模型。
百科事典的宮殿:マリノ・アウリティが20世紀半ばに構想した巨大な空想博物館模型。

1895年より隔年開催されてきた美術のオリンピックともいうべき「ベネチア・ビエンナーレ」、昨年開催で55回目を迎えた。主要会場2か所と市内各所で世界中の美術が見られるのが特徴だ。今回のビエンナーレで目立った傾向が4つあった。1.健常者でない作家の作品 2.関連企画含め大量の中国アート 3.ファインド・オブジェクツ(見い出されたもの) 4.アフリカの進出 である。国別展示と企画展示に分かれているが、なかでも毎回絶大な影響力をもっているのが企画展だ。


企画展のディレクターはイタリア出身、40歳、歴代最年少のマッシミリアーノ・ジオーニで、テーマは「The Encyclopedic Palace 百科事典的宮殿」。38カ国、150名を超える作家が参加。傾向としては、「心の迷宮」を表現しているということか、人の深層心理や神秘をとらえた作家が選ばれていた。また物故作家も含め時代を超えて立体や映像のほかに絵画もたくさん出品されている。今回はパフォーマンスも評価され、イギリスのティノ・セーガルがパフォーマーとして初めて芸術家部門のグランプリ、金獅子賞を受けた。しかし作家は一切登場しない。アマチュアが3人、座り込んでゆっくり動き、時折唸ったり叫んだりするのみ。セーガルはテートモダンでも観客に語りかけるだけの行為を行っていて、世界的なアート最前線はインスタレーションを含めどうも無行為、普通以下、目立たないといった方向に動いているようなのだ。絵画、立体で派手なのは非健常者作品であり、一方で知性は「何もしないこと」に限りなく近づいている。「最高の空間はアートが何もない空間だ」といったのはアンディ・ウォーホルだったし、レス・レヴィーンが60年代に提唱したのが「ディスポーザブル・アート(捨て去って何も残さない芸術)」だったが、まさにそういった状況を迎えているだろう。このあたりの問題は機会があればより深く掘り下げてみたいと思う。


展示で目立ったのはそうした知的障害を持った健常者でない作家たちのアウトサイダーアート(パラレルヴィジョン)、アールブリュットと呼ばれる絵や彫刻だ。精神病院への入退院を繰り返したドイツのゾンネンシュターン(1892~1982)やチェコのゼマーンコヴァ(1908~1986)などいままで独自の文脈でしか紹介されてこなかった作家の作品が多数展示された。日本から吉行耕平、大竹伸朗、澤田真一が選ばれたが、滋賀県在住の澤田もまた自閉症である。澤田はとげのある縄文土偶のような焼き物を作っているが、この快挙もご本人は自覚できない状態だという。ジオーニはニューヨーク、ニューミュージアム・ディレクターで、いままで2010年光州ビエンナーレや村上隆のカタール展のディレクションをしてきた。もともと神秘主義、宗教儀式に興味があるという。アウトサイダーアートを評価することで、観念的になりすぎた美術界に風穴を開ける狙いもあったろう。

澤田真一:ヨーロッパの「アールブリュット展」でジオーニに見出された澤田真一作品。
澤田真一:ヨーロッパの「アールブリュット展」でジオーニに見出された澤田真一作品。

企画展ではほかに神秘主義(ユング、シュタイナー、および潜在的カソリシズム)、アンカニー(不気味なもの=フロイト)、アブジェクション(クリステヴァ)といったタームが散見できた。ジャルディーニ、エキジビション館の入り口にユングが描いたマンダラ図連作、さらにシュタイナーがかつて講義に使用した黒板をそのままアートの文脈で展示している。ちなみにあのヨーゼフ・ボイスはシュタイナー主義者だというが黒板のドローイングは確かにボイスのそれに似通っていた。アルスナーレの展示のなかには、シンディ・シャーマン・キュレーションのセクションもあって、ここには、アンカニーとアブジェクションによる作品がたくさん出品されていた。シャーマン自身が参考にした50年代のアメリカの家族写真やチャールズ・レイ、ポール・マッカーシー、ジミー・ダーハム、エンリコ・バイなどアブジェクト(唾棄)すべきものや人間の不気味な様態を表象。このあたりまでくると、J = H ・マルタン「大地の魔術師たち」展

(1989年ポンピドゥ・センター)の多文化主義芸術を彷彿とさせるものの、むしろ今回はそれらを修正主義化しながらも、より広い視点からサバイバルさせているというのが真実だろう。その問題を語る上ではかかせないのが、故ハラルド・ゼーマンの存在である。ベネチアには「ハラルド・ゼーマンズ・オブセッション(強迫観念)」といものが存在する。彼は欧州現代芸術の流れを変え、過去に2度、ベネチアでもチーフディレクターを担当し、ビエンナーレの流れをも変えて今日に至っている。ことにゼーマンの概念「アペルト・オールオーバー(全面開放)」は国別展示というものに疑義を投げかけ、グローバルな芸術を国家主義的にとらえるべきではないとビエンナーレの存立基盤そのものを揺さぶってきた。この強烈な呪縛を前に毎回ベネチアは逡巡してきた。今回のプレスリリースでさえも「ハラルド・ゼーマンズ・オブセッション」なる語

を使ってあらかじめ牽制しているほどだ。誰がゼーマンの芸術上の呪縛を解いて前にすすめるのかについて。

 

 さて、今回ベネチアで、ゼーマンの出世作ともいうべき伝説の「態度が形になるとき 作品―概念―過程―状況―情報」展“Live in Your Head: When Attitudes Become Form: WORKS -

CONCEPTS - PROCESSES - SITUATIONS - INFORMATION” (1969)の再現展が開催され耳目を集めた。一方、ジオーニ企画展にも、この時の作家が数名選出されている。ブルース・ナウマンとリチャード・セラ、カール・アンドレだ。ゼーマンの展覧会は、ポップ、ミニマリズム、ニューリアリズムといったアメリカ型アート中心だった当時のシーンに、ポスト・ミニマリズム、ランド・アート、コンセプチュアル・アート、アルテ・ポーヴェラなどの新世代の台頭を促した。ゼーマンには理性的な思考が働いていたのだが、ジオーニは、これらの主知主義的作家ですら根深いところにシュルレアリスムとプリミティヴィズムも隠ぺいされていたと、とらえている。世界が現在、動物化しつつあることと対応させつつ、ポストモダン以降の状況を潜在意識から再解釈しようとした。同時に主知主義的なゼーマンのテーゼを人間の根源から乗り越えようとジオーニは試みているようにも映った。しかしながら、ゼーマンが定義づけた「理知的かつ哲学的思想上に機能するところの新たなる現代美術」なる基盤は、それによって打撃を受けたようには私には見えなかったが。

88カ国が参加した国別展示は、必ずしも全体テーマがあるわけではない。目立ったのはアフリカの進出だ。コートジボワール、ナイジェリアが初参加のほか国別館のグランプリ、金獅子賞を獲得したのはアンゴラ。エドソン・チャガスは、初期ルネサンス芸術が収蔵されている由緒ある館の床にポスター形式で写真の印刷物を大量に重ね合わせて箱のように並べ、観客が一枚ずつ持って帰れるような工夫をしていた。町中のなにげない風物を撮影したものだが、これらは何も手を加えない対象をそのまま作品化することにより、デュシャンに端を発するレディメイドの思考上にあり「ファインド・オブジェクツ(見い出されたもの)」と呼ばれる。経済発展と同時に格差問題も抱える現状を感じさせる空虚感が漂う。米国館のサラ・ジーは、細かい日用品を多数用いて構成し、繊細なインスタレーションを展示。ロシア館では、ザカロフが天井から床に偽金貨が果てしなく落下する作品を発表。今回、日本館は田中功起の個展で、音楽家やパフォーマーらとの協働作業を通し震災からの復興を願う映像やインスタレーションを展示、キプロス館とリトアニア館とともに特別表彰を受けた。また、フランスとドイツがパビリオンを交換するという初の試みも行われ、ドイツ館は、いつものフランス館に中国のアイ・ウェイウェイほか4名の

 

ドイツ人以外のアーティストを展示。国別という概念に問いを投げかけていた。アイ・ウェイウェイはほかにも市内の教会を丸ごと用いて大規模なインスタレーションも設置。なんと、中国当局によって「民主化主義者」との理由で拘束されたときの模様を細かな時系列を追った精巧なフィギュアを直方体状の立体作品内部にしつらえていた。さらに中国は、各都市の美術館単位で複数の関連企画展をベネチアに侵入させていた。「中国現代美術の20年展」などの大型関連企画展では大量の中国現代美術を展覧することで、その文化先進国としての存在感をアピールしていた。まるで21世紀のアートは中国が仕切るといわんばかりに。アイ・ウェイウェイのようなポリティカル・コレクトネス(政治的アート)の当局批判の作品が登場するのと並行して、国策を思わせる大規模な中国現代美術が双方ともベネチアを席巻するところが、中華人民共和国というところの簡単には真似のできないダイナミズムである。ほかに韓国も関連企画を持ち込み、大いに気をはいていたが、日本は例によって国が予算を組んで世界に日本現代美術を示すような大型企画展はなく、東アジアでの存在感はますます薄くなっているようだった。たとえば60年代世界に先駆けて進行していた日本の現代美術を再検証するような意味においても、ヨーコ・オノや実験工房、ネオダダイズム・オルガナイザーズ、ハイレッド・センターらがかかわった「草月アートセンターからみた日本美術」といった大型関連企画をベネチアで開陳してはいかがかとも思うのだが。

 

森下 泰輔 もりした たいすけ


森下泰輔 (もりしたたいすけ)  

美術家・美術評論家。武蔵野美術大学卒業。1993年、草間彌生に招かれて以来、ほぼ連続してベネチア・ビエンナーレを見てきている。「しんぶん赤旗」などで美術評論活動を続ける。現代美術家として2010年「遷都1300年祭公式招待エキジビション」として平城宮跡で初のインスタレーション作品を展示、19万人を集めた。2011年には福島第一原発事故を受け降り注ぐ放射線

でノイズを鳴らす作品「濃霧」を発表。芸術プロジェクト団体「銀座芸術研究所」や「Art Labグループ」の運営に参加している。