2045年へのイマジネーション

竹田信平 (アーティスト・映像作家)

第一次世界大戦が終わり100年後に当たったのが2014年。そして第2次世界大戦が終わってから70年たった2015年ももう終わろうとしている。

 

今この時間に生きている限り、去った時間を掘りおこすという発掘調査は、新たな破壊を導く可能性を秘めている。それは個々一人一人に、そしてもしかして、2015年の日本は、(海外で生活している人間の視点からして)様々な意味でその発掘からくる亀裂により揺るがされた年なのかもしれない。

まさしくその発掘現場となるのが8月上旬 だ。マスメディアの風に押されて、日本にいるといずれともなく、まるで浮かばれなかった何万の遺骨のお盆帰りラッシュとでもいおうか、なにか成仏できていない、いやなにかまだ解除できていない感情が押し寄せる。ちょうどその時期に7月1週目から8月1週目まで4週間の間、メキシコと日本とで計5展示を4都市にわたりこなすという強行スケジュールであった。自分のなかにも、ノンストップな設置・製作作業と共に、なにかが揺れ動く夏であった。

 

その5つめの展示がその爆心地からほんの数kmにある長崎県美術館であった。原爆記念日8月9日に先駆けて、8月1日から個展を行った。モニュメント的なタイミングに、ある意味ではモニュメントな場所で、自分の作品群、ヒロシマナガサキダウンロード、α崩壊、β崩壊作品等を披露する。そして、それ自体がモニュメントとして終わってしまわないように、疑問を常に問い続けることを忘れないようにという自分への証言として、「アンチモニュメント」というタイトルにした。

 

この展示は、2005年から始めた北米南米大陸にいる被爆者の話を聞くという調査から始まった10年間のプロジェクトの集大成であった。常にそれらをなにかの形で残したかった、そのためにウェブプロジェクトから、本2冊、映画一本、数々の展示をこなしたわけだ。そしてそれらの集大成をまとめて発表することで、ある意味、終止符を打ちたかった自分がいる。そうモニュメントを作り、そしてそのモニュメントに全てを託し、そして自分は新しい人生でもやり直したいわけだ。

 

しかし、アンチモニュメントと偉そうにいったからにはそうはいかないということになる。そしてどこかでまだなにか解除できていないものが、自分のなかにあるうちは、なにかがつづいていくのだろうということがこのタイトルの真意なのかもしれない。

 

では、この先、どこへいくのか、そう考えた時に100周年目のことを想像してみた。そう、2045年8月、今年36歳だった私はその時には66歳、子供はいるかもしれないが、孫はどうだろうかというところかもしれない。その時にその世界はどうなっているのだろうか?去年の第一次世界大戦の100周年記念では、イギリスで唯一生き残っていた第一次世界大戦体験者が、なにかテレビにでていたような気がするが。。。どちらにしろ、2045年に今までいろいろな話を聞いてきた被爆者の人はいなくなっている。自分の世代が最期に生の戦争の記憶に触れた世代となるわけだ。その時、振り返る2015年はどのように見えるのだろう。

 

2045年、戦争は終わっているだろうか?放射能はなくなっているだろうか?チェルノブイリの例からいうと、やっとそのあたりに福島第一原発では、あたらしい収納庫を作っている時期かもしれない。多分、人間はどこかで必ず殺し合いを続けているだろう。その戦後100周年に当たる日、もし生きているとすれば、どこで、そのようにその瞬間を感じているのだろうか?そしてその時に芸術家たちはどのようなように叫び、歴史と未来をつなげる作業をしているのだろうか?

 

100周年までの間に、いろいろなものは忘れ去られていくだろう。個の話は消えてなくなり、ディテールは情報の渦に埋もれ、そして残るのは簡単な統計と、数字と、わかりやすいシンボルだけなのかもしれない。そう30年という月日の中で人間は忘れていくということは明確だ。そう2015年の我々に問われていることは、1945年から続いてきた否めない忘却に対して、2045年にむけて“どう”忘れていくかということを提案していくことではないだろうか?

 

 

2015年7月~9月 メキシコ・ティファナ国立美術館CECOT グループ展 REVISTA  GLOCAL  REVISION
2015年7月~9月 メキシコ・ティファナ国立美術館CECOT グループ展 REVISTA GLOCAL REVISION