「第56回ベネチア・ビエンナーレ」”戦争から格差まで問う” 政治的芸術が台頭。日本は民主的芸術から乖離する一方

グッゲンハイム美術館アブダビの労働者搾取問題に抗議するGulf Labor作品 Courtesy: la Biennale di Venezia
グッゲンハイム美術館アブダビの労働者搾取問題に抗議するGulf Labor作品 Courtesy: la Biennale di Venezia

森下泰輔(現代美術家/美術評論家)

 

 

昨年の第56回ベネチア・ビエンナーレ「すべての世界の未来」で、企画部門のディレクター、初のアフリカ出身、ナイジェリア生まれのオクウィ・エンヴェゾーが選んだ作品内容は、「反資本主義、脱中心運動と反米的世界観の正当化、広義の反ヨーロッパ中心主義、エボラ熱問題、内戦、人身売買、自然災害、環境破壊、不平等(差別問題、貧困と格差、労働搾取、階級闘争)、反植民地主義」といつになく現実を政治的に告発するものが多かった。いわゆる第三世界からの旧来パージされてきた作家のオンパレードだ。英米からの参加作家も従来顧みられなかった黒人や移民など有色人種が多かった。権力批判のアートであるポリティカルコレクトネス(PC)作品の総仕上げの様相を呈していた。

 ひとつの主題がマルクスの資本論で、アフリカ系英国人映画監督、アイザック・ジュリアンの作品の題名もずばり「資本論」。企画展示パビリオンに設えた劇場で期間中、資本論4部作の朗読パフォーマンスを続けた。

 今回は美術家ではなく映画監督や作家、詩人の正式参加も多い。黒人として初のアカデミー賞作品賞を受賞した英国のスティーヴ・マックイーンはアッシュ(灰)と呼ばれる貧困層の青年の死を映像作品にして出品。韓国の映画監督、イム・フンスンはカンボジアでの女性労働の現場に材をとり大企業のアジアでの女性搾取を映像で告発、銀獅子賞を受賞した。同作品は暗に従軍慰安婦のメタファーも感じさせた。また、関連企画だが、韓国のハン・ホはもろに従軍慰安婦の日本批判パフォーマンス「打天」を行った。民族衣装チマチョゴリを着た少女が登場、民族楽器カヤグムをつま弾き、会場の全体を屏風のように取り囲む映像では顔を覆って泣く慰安婦の姿が映し出された。

 

 さらに、ガルフ・レイバー(湾岸労働者)というグループは複数の国の芸術家で構成されているが、実際の政治活動家でもあり、建設中のグッゲンハイム美術館アブダビの労働者搾取問題に関し抗議するような作品を展示。現実に富裕層の牙城、グッゲンハイム・ベネチアにもデモをかけたほどだ。

 国別部門金獅子賞、アルメニア館は、1世紀前のアルメニア人大虐殺の記憶を主題に、ディアスポラ(離散民化)により国外で活動する美術家16組が参加し少数民族の歴史的悲劇を回想していた。また、1分間だけ民衆にマイクを与え好きなことをいわせる「民主的、自由主義的」作品でキューバ当局から長年マークされ、数回拘留もされている政治活動家で概念芸術家のタニア・ブルゲラなど、全体を通し、すでに有事とも思える世界や国家権力の歪みをアートが積極的に作品化することで、様々な議論が喚起されていた。

 一方では、活動家のグループが、迷彩服を着てロシア館を占拠、ロシア軍による2014年2月のウクライナ南部のクリミア騒乱に抗議するという一幕もあった。

 

グッゲンハイム・ベネチアにデモを仕掛けるGulf Labor
グッゲンハイム・ベネチアにデモを仕掛けるGulf Labor

 ベネチア・ビエンナーレは、毎回世界美術潮流に多大な影響を与える。わが日本も例にもれず、東京オリンピックの美術の軸が「アールブリュット」で、東京都はすでに拠点づくりに励むが、これとて前回ベネチアでの主要テーマの後追いである。いわゆる左翼系芸術家がベネチアを“占領”した事実は今後の世界美術史に大きな影響を及ぼすことは間違いない。

 翻って日本では、いまだ公立美術館自体に数々のタブーが存在している。展示拒否や撤去にいたる騒動は頻発している。大浦信行の天皇モチーフ版画撤去事件(1986年、2009年)、中垣克久、「安倍首相靖国参拝批判」作品での東京都美術館撤去騒動(2014年)。または、同美術館におけるキム・ソギョンとキム・ウンソン「朝鮮人慰安婦像」展示拒否(2012年)、あるいは反原発アートの展示拒否などもあった。

洪成潭(ホン・ソンダム)は、ここ数年、日本で東アジアのヤスクニズム・シリーズを展開しており、15年にも個展を開催し丸木美術館でも展示された。洪の場合、靖国における植民地支配と戦後の連続性をとらえ「ナチズムに比するファシズムの温床であり、ヤスクニズムはアジア全域にぬぐいがたい影響を及ぼしたままだ」という主張の絵画芸術である。この主張自体はましてや旧弊の国家主体を激しく取り戻そうとしている現政権下では、国公立美術館が表立って擁護できかねる問題ではあるのだろう。

海外が形成している思想信条的アート概念と国内の審美的なそれは相当に乖離している。なぜ乖離するのか? 日本人が心地よいと思う芸術形式ではないからだろう。すると日本人が心地よいと思う芸術は本当に芸術なのかといった本質的懐疑論にぶち当たることになる。いずれにしてもこの列島の芸術文化に関して考えれば暗黙の検閲(最近は戦前並みに直接化してきたが)をなくし、公立美術館の組織を覚醒し得なければ日本以外のアートシーンとはコミュニケーションがますます不全となるだろう。

 

 

 

 

森下泰輔(Taisuke MORISHITA 現代美術家・美術評論家)

2010年、平城遷都1300年祭公式招待展示「時空 Between time and space」(平城宮跡)参加。Art Lab Group 運営委員。現在、「戦後・現代美術事件簿」を連載中。