金田 卓也(かねだ たくや)
ピカソの『ゲルニカ』と同じサイズのキャンバス(3.5m ×7.8m) に世界中の子どもたちによって「平和」をテーマにした絵を描くというキッズゲルニカ国際子ども平和壁画プロジェクトは第二次大戦集結後50年の1995年に始まり、今年で20周年目を迎えた。これまでに50近い国々で300点以上の作品が生まれている。
私は国際委員会代表としてキッズゲルニカに関わってきた。20周年記念の今年、これまで関わった世界各国のさまざまなジャンルのアーティストの作品を展示する「Art for Peace 展」も同時開催された。
私は、このキッズゲルニカを単に子ども中心のプロジェクトとしてではなく、現代美術の文脈の中でとらえ、コンセプチュアール・アートのひとつとしても考えている。とくに重要視している点は、芸術表現の根幹にある創造性を社会変革にまで拡大したヨーゼフ・ボイスの提唱した社会彫刻というコンセプトである。キッズゲルニカの目的は、暴力に溢れた世界をピースフルなものに変革していくところにあることはいうまでもない。
振り返ってみれば、私自身が来日したボイスの講演会に参加したのは1984年のことである。現代美術といって、30年以上前のことを同時代(コンテンポラリー)のアートとして語るのは時代錯誤だといわれるかもしれない。しかし、彫刻家が創造的な力で素材を作品に変えていくように、社会そのものを創造的に変革しようとしたボイスの主張は今尚輝きを失っているわけではない。現在行われている、社会にコミットするさまざまな形のアート・プロジェクトの原点はボイスにあるといってもよいであろう。
本来、アートとは社会に直接関わるものであり、「芸術のための芸術」としてのアートの歴史というのは、近代以降に過ぎない。宗教美術史を見てもわかるように、伝統的社会では、アートは常に社会的価値やメッセージを伝える大切な機能を担っていた。その意味において、ボイスはアートの本来的にもっている力を現代に蘇らせようとしたともいえる。ピカソの『ゲルニカ』の作品それ自体、無差別爆撃への怒りから生まれたものであり、展覧会のためだけの作品ではない。
キッズゲルニカは、そうした社会にコミットするアートの力に期待を込めたプロジェクトなのである。被爆70年目にあたる今年の8月には長崎と広島で何点ものキッズゲルニカの作品が誕生した。長崎では作品を横につないで全長70 m の巨大なキッズゲルニカが爆心地公園に展示され、広島では原爆ドームの対岸に作品が並べられた。同じ8月には、インドネシアの独立記念日にバリ島でキッズゲルニカ展が開催された。バリ展ではイタリアの著名なミケランジェロ・ビスレット氏の『第三のパラダイス』プロジェクト(www.terzoparadiso.org)とのコラボレーションも行われ、作品の一部は立体的なオブジェとして展示された。世界各地で開かれるキッズゲルニカの展覧会それ自体を平和をテーマにしたインスタレーションとして見ることもできるだろう。
こうしたキッズゲルニカの活動に対して、スペインのゲルニカ平和博物館から「戦争と武装紛争は世界の多くの場所で依然として続き、最近の紛争と政治的な動きは新たな武器競争を進める結果になっている。『平和の文化』を創り上げるという長い道のりを共に歩んでいきたい」というメッセージが届いた。
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ここまでこの原稿を書き進めていたとき、パリでの衝撃的なテロ事件が起きた。9.11 直後のように、子どもたちが平和の絵を描いても暴力的な世界は変わらないのかもしれないという無力感から原稿をそれ以上書くことができなくなった。
9.11 のときは、キッズゲルニカに関わっているインド人画家の親しくしていた友人が世界貿易センタービルでの犠牲者となった。2ヶ月後に予定されていたイタリアでのキッズゲルニカ展の開催そのものが危ぶまれたが、子どもたちへの希望を失っていいのかという言葉に励まされ、活動を続けることになった。それから15年近く経過し、パリのテロ事件を前に再び言葉を失わざるを得なくなったのである。
私は、初期の頃からキッズゲルニカに関わってきたパリ在住の彫刻家ボリス・ティソット氏に安否を尋ねるメールを送った。彼は、パリにあるピカソのアトリエでのキッズゲルニカをコーディネイトし、そのワークショップには、パレスティナ人画家も参加している。
3月にパリでティソット氏と会ったとき、1月の襲撃事件の舞台となったシャルリー・エブド社には知り合いがいるといっていた。家族も皆無事であることを知らせる彼のメールには、テロリストとの全面戦争だと声高に叫ぶこともイスラム教徒への憎悪の言葉もなく、心臓の部分が輝くように強調された彼の人体レリーフの作品画像が添付されていた。アートで世界を平和にすることができるのか、シリアへの空爆が続く中、その問いは深く重い。
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