【書 評】変動期の画家  山口泰二 著

日本美術会会員 菱千代子

 

最初この本を手にしたとき、あまりの厚さと、中身の重さにたじろいだものである。 ところが目次を開けると、前半は私の大好きな、松本俊介を中心にした内容である。また新人画会に結集した画家たちは私達の少し上の先輩として、公募展等でお会いしてきた名前も多く、歴史上の人々というほどの距離ではない。以前神奈川県立美術館で開催された「松本俊介と30人の画家たち展」のカタログとも一致することがわかり、それを座右に置き、勇躍として読み進めることが出来た。ただここでいう変動期は1930年から1940年代の戦争の時代であり、刻々と戦争へと雪崩を打っていく時代背景は読みながらも息苦しさ感じてくるものである。

 

松本俊介はいくつかの自画像や家族像とともに、身近な都会の風景を当時には珍しい軽やかな線とちょっと憂愁を帯びたブルーグレーで描き出し、特異な感性を印象付けている。他の絵描きたちがこぞって、従軍し、戦争画を描かされていく中で、その詩的なスタイルと遠くを見つめる視線は「泥沼に浮かぶ白鳥」、「掃きだめの鶴」ともいえる存在に見える。はたしてそれは彼個人の資質にのみよるものなのか。時代や彼をとりまく人的環境の影響もあったのか。大いに興味をそそられながら読んだ。一つには思春期に病から派生した、聴覚障害がもたらした心身の孤立が大きかったと思える。しかし彼はそれにより兵役を免除される中、思考を熟成させ、勇猛果敢に軍国主義全盛の時代と対決し、まわりの青年たちをも鼓舞する強い意志を示したのである。その論調が「生きている画家」として今なお歴史の証言としての価値を放っている。

私たちは彼の戦時下に求めた絵画の理想について今なお論を重ね、ともに悩みたい心境になるのだ。

 

後半のⅡ部では、プロレタリア美術運動の点景として、柳瀬正夢、永田一脩、小野忠重、鳥居敏文の画業と足跡がとりあげられている。最後の2人については創作活動をともにしたり、親しく言葉をかわした人も多いことだろう。しかし本人からじかに聞けなかった貴重な体験やエピソードの数々は歴史の貴重な証言としてここに綴られることになった。美術運動を継承するものとしてこの労作の出版に深く感謝したい。

 

新しい危機の時代がまたやってきている。そんな中私達はこの変動期にたくましく生きた青年群像の生きざまを反芻することにより、大いなる教訓と未来への道標を得たいものである。