アンデパンダン展、その理想と現実


宮田徹也(日本近代美術思想史研究)

「アートフォーラムⅠ 今こそアンデパンダンの精神を~時代が求める表現とは~」(国立新美術館/2011年3月20日)において、私はアンデパンダン展とデザインコンペティションの比較を行なった。美術とデザインと分類の差があるとしても、例えば日本美術会所属の作家に目を向けるとすれば、グラフィックの板橋義夫やレタリングの高橋錦吉も「日本宣伝美術会」に参加していた(首藤教之氏に御教示戴いた)。両者に相違するのは、コンペティションは審査され、賞が与えられる点にある。共通する事項は、自由出品である。即ち、コンペティションにもアンデパンダン展が持つ「自由」「平等」「独立」という意識は盛り込まれていると言っていいだろう。同時に、両者はその時代の世相を強く反映する性質を持っている。「日本アンデパンダン展」(1947年~)、「読売アンデパンダン展」(1949~1963年)、「日本宣伝美術会」(1951~1970年)が興隆したのは、敗戦後の混乱を引き摺り、GHQ占領終了(1952年)、朝鮮戦争(1950-53年)という先行きの見えない混乱した時代であった。1955年に「最早戦後ではない」という言葉が生まれ、日米安保条約(1960年)が締結、東京オリンピック開催(1964年)と高度経済成長が進む時代、「日本アンデパンダン展」では「ソ連における現代日本美術展」(1962年)の不透明な開催により多くの若手が会を離れ、「読売アンデパンダン展」はその存在自体が消滅した。「日本宣伝美術会」は景気に乗って発展を遂げるが、安保闘争(-1969年)により壊滅したことは資本主義を高らかに謳ったというよりも、「自由」「平等」「独立」を持続できなかった点に問題があったことを指摘出来よう。1970年代、「日本アンデパンダン展」は順調に開催していくが社会現象を起こすまでには至らなかった。世間を賑せたのは、皮肉にも資本主義と癒着した「日本グラフィック展」(1980~1989年)であった。「自由」「平等」「独立」という精神を排除し、審査委員もほぼそのまま、僅か10年の歳月を経て復活したデザインコンペティションは、デザインと美術の垣根をまるでベルリンの壁を破壊するように資本主義の力で乗り越え、景気の波に乗って、美術を「アート」に変貌させたのであった。バブル崩壊(1992年)による平成不況に、続く「アーバナート展」(1989~1999年)は、それに太刀打ち出来なかった。同様に、全国に配置がほぼ完了しこれから活動を繰り広げる予定であった公立美術館の予算は削られ、企画画廊は次々と閉鎖を余儀なくされた。そしてマンガと美術が融合した「アート」が蔓延する。本来、利潤が目的とされるのではなく作品の意味に付加価値がついた作品は「商品」と化したのだった。この「商品」に目をつけて三度復活したのがデザインコンペティション、「デザインフェスタ」(1996年~)と「GEISAI」(2002年~)である。最早、美術が商品化されることが当たり前となった時代に否を唱えたのが「東京」「横浜」「日本橋」という、各アンデパンダン展である(何れも2009年~)。美術、デザイン共に、経済状況には強く影響される。アンデパンダン展は、それぞれの団体の主張に根ざした作品制作と展示を行うことが重要な課題となっていくと私は結論付けたのであるが、同時に腑に落ちない気がした。
 その最中、大浦信行の映像作品《天皇ごっこ》を見た。大浦はここで極左から極右という日本の政治運動を飛び越え小説家となった見沢知廉の著作『天皇ごっこ』を中心に、インタビューと虚実を交えた映像によって日本の近代を問いている。翻ってアンデパンダン展に目を戻すと、アンデパンダン展がフランスで発生した1884年はフランス革命(1789-1799)後に資本主義が台頭した頃であり、既にマルクスとエンゲルスが1847年6月には『共産党宣言』を執筆している。つまりアンデパンダン展とは、絶対君主制から抜け出した資本主義の申し子なのだ。「会費」が必要なのはそのためである。そして、当時のアンデパンダン展が絶対君主制、資本主義、共産主義といった、何処からの「独立」を目論んでいたのかが問題となってくる。現在の日本は、世界で数少ない絶対君主制を今も引き摺る国である。この国の中で、我々は何から「独立」すべきなのかを私は東京アンデパンダン展「アンデパンダン展主宰者討論会」(J trip art GALLERY/2011年11月19日)で問いた。
 池田龍雄が個展を開催した(GALLERY TOM/2011年11月12日~12月11日)。池田によるフライヤーの文章に目が留まったので引用する。「‘あそびをせんとやうまれけむ’と、『梁塵秘抄』は謡う。‘たたかいせんとや…’と、その後をわたしは続けたい。「たたかい」とは「戦い」ではない「闘い」である。世界の中におのれがあり、おのれの中に世界があるなら。おのれの中の世界とのたわむれ。世界の中のおのれとのたたかい。生きることは「あそび」であり「たたかい」だ。芸術もまた然り「遊び」であり「闘い」である。それは─人間と物質のあいだの闘い。そして─物質と人間のあいだの戯れ」。
 我々は先ず、自らと闘わなければならない。その先にアンデパンダン展の理想と現実が、日本の近代の問題が開かれていくのだと私は感じた。

「アートフォーラムⅠ 今こそアンデパンダンの精神を~時代が求める表現とは~」(国立新美術館/2011年3月20日)
「アートフォーラムⅠ 今こそアンデパンダンの精神を~時代が求める表現とは~」(国立新美術館/2011年3月20日)