民美特別講座「先輩を語る 中谷泰さんの人と作品」報告


2011年4月3日、民美2011年度入所式特別講座として「先輩を語る 中谷泰さんの人と作品」を、平和と労働センター2Fホールで開催した。中谷さんは1989年からの2年間、民美所長もされ民美としても直接的な大先輩にあたる。「先輩を語る」シリーズの初回として中谷さんに登場して頂いた。中谷泰さんは1993年に亡くなられ、すでに18年の歳月がたつ。民美生の中にはお名前も知らない方や作品に触れる機会がなかった方もいて、中谷作品を紹介する良い機会になった。講座は一般参加も受け付け、根強い中谷フアンも含めて100人近い参加者が中谷さんの作品に見入った。
 当日はプロジェクタで中谷さんの作品を見ながら、随時作品についての説明をいただき、最後にパネラーからお人柄や作品にまつわるお話を伺う形で進められた。パネラーには親交の深かった渡辺皓司氏、「陶土」の常滑・瀬戸時代を知る新美猛氏、長女の中谷田鶴氏、そして司会には中谷さんが所属されていた春陽会所属の佐藤勤氏に務めていただいた。中谷さんの作品は4冊の画集からスキャナでパソコンに取込み、プロジェクタで投影する形で進めた。
 中谷さんの温和な写真から始まり、時代順に作品が進んで「流田」になった時、渡辺さんから「この絵から中谷さんの作品が変わった」と説明された。和歌山県有田川水害で流された田圃の中で力強く前を見る農婦(農夫)の像である。被災者への心情が農民の姿を通して見事に表現されている。作者の愛情が社会的な広がりに発展し、その後の作品群につながっていく。常滑・瀬戸の「陶土」シリーズでは新美さんからその頃の中谷さんが紹介された。日本美術会や平和展の絵仲間と常磐炭鉱への取材旅行がきっかけとなった「炭鉱」シリーズなどが次々に生まれていく。画面には人はいないが、そこに生きる人たちへの想いをこめた絵作りは、多くの人の共感を呼ぶ。そして晩年にはもっと人物を描きたいと自ら語り、豊かな人物像が生まれてきた。画像では繊細な色のニュアンスや線の表情がよく見えないのが残念だ。
 中谷さんは絵画教育の面でも情熱を注がれた。佐藤勤さんから春陽会研究所では指導的な立場で活動されたことが紹介された。「弱いは強い」(*)などいくつもの名言も残された。田鶴さんから「ジンクホワイトを大切にしていた」という発言があり、中谷作品の秘密を解く鍵なのかもしれない。(*:南大路一「中谷泰論」『BBBB』1950年4月号)
講座の準備で見せていただいた中谷さんの保管資料には、当時の「みずえ」や「美術手帳」に執筆された技法シリーズのコピーが数多く含まれていた。執筆された技法書は50年前のものだが、学ぶべき大きなものが埋もれているような気がする。是非掘り起こしてみたいと思う。
民美としても先輩たちの作品と技法に学び、制作に役立てると共に、次の世代に伝えていきたい。
(民美・講座担当 小西勲夫)