美術評論

美術評論 · 2017/07/08
2016年9月、韓国の首都ソウルの美術館をめぐる機会があった。「メディアシティ・ソウル」という展覧会を観るのが主な目的であったが、あらためてソウルの美術館の魅力に触れることにもなった。韓国は、急速な経済成長を遂げた1980年代以降、現代美術の振興に力を入れてきたが、ソウルは近年新たに現代美術系の美術館が増えており、海外からも観光客が訪れている。私が訪問したときに観た展覧会の感想を交えつつ、ソウルの美術館事情について紹介したい。
美術評論 · 2017/07/06
 2016年の晩夏から初秋にかけて、たまたま全く異なる目的の為に韓国五都市を巡った。韓国は現代美術を愛する国であり、世界の動向よりも特に自国のアーティストを応援する立場を国や企業、市民が取っている。

美術評論 · 2017/07/06
 私が昨年10月にソウルにいった主な目的は運営している ArtLab TOKYO の所属作家、 イ・ナジンと岩清水さやかの個展が現地のゼインゼノ・ギャラリーで開催されるのでそのセッティングにお邪魔する、というのもあった。...
美術評論 · 2017/06/27
表現の自由が失われようとする危機感は、昨年東京で開かれた国際美術評論家連盟日本支部のシンポジウム「美術と表現の自由」(2016年7月)でも示された。たがここでは少し過去に遡って考えてみたい。近代美術史を調べていると、表現や発表に対する検閲や自主規制に関わった記述に接することがあり、それらを見ていくと、どのように表現の自由が制限されていくのかを知ることができる。  興味深い一つの例を紹介しよう。1916年(大正5)に起こった出来事を、版画家の永瀬義郎が書き残している。同年に東京で開かれた日本版画倶楽部展(会場:万世橋倶楽部)の出品作をレストランの支配人が購入し、店の応接室に飾っていた。その作品に刑事がクレームをつけてきたのである。裸婦を表した木版画であった。永瀬によると、刑事と支配人のやりとりは次のようなものだったという。

北野 輝氏
美術評論 · 2017/06/27
心配されていた参加者が百人を越えた中、短い持ち時間に苦しみながら最大限意を尽くすべく苦闘されたパネラー各位をはじめ多くの皆さんのお陰で、シンポジウムは滞りなく「無事」終了することができました。しかし無事終了できたこととこの集会が「成功」したかどうかは別でしょう。私はこのシンポジウムの企画者であり、パネラーの一人でもあり、その成否を客観的に判断する資格に欠けています。以下、多分に主観的な判断の入り交じった報告となること、まだいくつかの点で遺漏があることをご了承下さい。なお後日、日本美術会の承認を得て、各パネラーの発言をはじめ本シンポジウムの全容を伝える報告集を出すことが出来ればと考えています。(北野輝)
グッゲンハイム美術館アブダビの労働者搾取問題に抗議するGulf Labor作品 Courtesy: la Biennale di Venezia
美術評論 · 2016/03/31
森下泰輔(現代美術家/美術評論家)...

美術評論 · 2015/11/15
日本美術会 理論部研究会(2015年6月15日、於:京都)での発表の要旨 上野 一郎 1)現代日本の課題への取り組み...
マイケル・ランディ「アート・ビン」2010/2014
美術評論 · 2014/11/20
国際展のテーマに関して昨年開催された韓国のものでは、「メディアシティ・ソウル」がアジアを考えるキーワードに「亡霊、スパイ、祖母」をあげた。釜山ビエンナーレのテーマは「世界に住む」で「宇宙」「建築」「動物」「戦争」がキーワードになっていた。いずれもアジアをめぐる植民地支配や冷戦の問題点を現代美術に託して探ろうとしたものだ。対して昨年のヨコハマトリエンナーレのテーマは「華氏451の芸術:世界の中心には忘却の海がある」[註1]である。これを見てもテーマの立案が韓国の国際展に比し抽象的で文学的なのがわかる。

美術評論 · 2013/03/21
はじめに...