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究極のコンセプチュアル・アート

金田卓也

 ピカソの『ゲルニカ』と同じ大きさのキャンバスに世界各地の子どもたちが平和をテーマに絵を描くという<キッズゲルニカ>と関わってきたが、その原点には、アートを通しての社会変革を目指したヨーゼフ・ボイスの社会彫刻の概念があることは『美術運動』143号で述べた。私にとっては、<キッズゲルニカ>は現代美術の系譜上にあるひとつのコンセプチュアル・アートでもある。現代美術は、アートとはなにかということを常に問い続けてきた。それは、別の意味では、それまでの芸術概念の解体であったともいえる。

 私がなぜ、<キッズゲルニカ>を現代美術のひとつとして位置づけたかったかというと、キッズ、つまり、子どものアート・プロジェクトは、現代美術になりえないのか?という問いがあるからである。

 「子どもは誰もアーティストである。問題は大人になるとアーティストでなくなることだ」というのはピカソの言葉としてよく知られている。そうであるならば、子どもが主役の現代美術もあっていいはずではないかと考えてきた。そして、私は、参加する子どもたちばかりではなく、企画運営の段階から関わる大人たちに、自分自身の中にある《アーティストとしての子ども》を再発見してもらいたいと願ってきた。実際に、大きなキャンバスを前に、「私も描いていいですか」という大勢の大人たちの声を聞いてきた。そんなときは、「子どものような純粋な気持ちがあれば、大人でも参加できますよ」と答えるようにしている。

 <キッズゲルニカ>を現代美術の流れの中でとらえるということを一層確信するに至ったのは、イタリアの現代美術の巨匠ミケランジェロ・ピストレット氏の<第三のパラダイス>プロジェクトとコラボレーションするようになってからである。ピストレット氏は画家として出発し、1960年代後半から身の回りにある素材を用いて表現する前衛的美術運動<アルテ・ポーヴェラ>の中心的人物となる。1998年には、彼の故郷である北イタリアのビエッラにある廃れた繊維工場を改修した<チッタデルアルテ(芸術都市)>を設立し、現在もそこを拠点に社会変革とアートを結びつけた活動を精力的に行っている。

 ピストレット氏の<第三のパラダイス>というのは、「自然」と「人工」のように対立するものの調和のとれた世界のヴィジョンを示す、無限大の記号の中央にもうひとつの円を配置したシンボルをいろいろな形で表現するプロジェクトである。彼自身の手によるものもあるが、このシンボルは<第三のパラダイス>のヴィジョンを共有する世界各地のさまざまな人々によって作られている。地球規模の参加型のインスタレーションといってよいであろう。

 ピストレット氏の活動については、キッズゲルニカに関わっているイタリア人アーティストのサビナ・タルシターノ氏から紹介され、平和な世界の実現を目指すアート・プロジェクトとして共通の目的を持つ<キッズゲルニカ>の大きなキャンバスの中に<第三のパラダイス>のシンボルを描くというコラボレーションを始めることになった。イタリアで描き始めた最初の作品はキューバ、インドネシア、日本、米国の子どもたちによって完成した。現在も新しいコラボレーションの作品が世界を巡っている。

 2017年6月にはピストレット氏の活動の拠点であるチッタデルアルテで<キッズゲルニカ>が展示されることになった。現地を訪れ、ピストレット氏と直接話したとき、「1 + 1 は数学的には2であるが、異なるものが2つに合わさったときには、2以上のものになる」と情熱的に語っていた彼の言葉が強く心に残った。

 その後、トリノの近くにあるカステッロ・ディ・リヴォリ現代美術館を訪れたが、この美術館には、ピストレット氏を始めとする現代美術をリードしてきた代表的作家の作品が収蔵されている。学芸員のひとりが「驚かせるものがあります」と言うので、ついて行くと、特別な展示室に、<第三のパラダイス>のシンボルが大きく描かれたゲルニカ・サイズのキャンバスが2枚並べられていて、ほんとうに驚いた。美術館主催のワークショップで制作されたものである。

 この<キッズゲルニカ>、<第三のパラダイス>という流れは、私の中にあった現代美術への強い関心を再び目覚めさせることになった。振り返ってみると、まだ芸大生だった頃、高さ60cm程の手作りの額縁スタンドを、岡本太郎のオブジェのある数寄屋橋公園近くに並べていたことがある。つまり、画廊界隈に作品なしの額立てを並べるというインスタレーションである。だれも見向きもせず通り過ぎていく・・・若かった自分にとっては、そのインスタレーションと著名な現代美術の作家(当時の『美術手帖』の誌面を賑わしていた作家) たちの作品とどこが違うのかという問いがあった。今も、アートとはなにかということを不断に問い続けることこそ、究極のコンセプチュアル・アートだと考えている。

 そうした視点に立って、2017年からコンセプチュアル・アーティスト村田訓吉氏と共に始めたのが、<P3578> という参加型のアート・プロジェクトである。詳しくはウェッブサイトを見ていただきたい。www.P3578.org