「インプリントまちだ展2020 すむひと⇔くるひと ―「アーティスト」がみた町田―」を企画して
■展覧会趣旨と新型コロナウイルスの影響
2020年6月9日から9月13日にかけて町田市立国際版画美術館で開催した「インプリントまちだ展2020 すむひと⇔くるひと ―「アーティスト」がみた町田―」は、東京オリンピック・パラリンピックに向けて2017年から開催してきた展覧会シリーズの集大成だった。これまでの3年間は版画を軸に制作する若手アーティストを招聘し、町田に取材した新作とこれまでの代表作を紹介する展覧会を開催してきた。
最終年の2020年は町田市がオリンピックのホストタウンになったインドネシアから若手アーティストを招聘。4年間を総括する展覧会開催を目指した。2019年に招聘作家のアグン・プラボウォ(1985年生まれ)が来日して町田に滞在・取材し、新作を発表してもらった。また最終年には、過去の招聘アーティストが町田に取材して制作した作品と、町田在住、出身者の作品、地元住民による自主出版物も取り上げた。近年、芸術祭や展覧会でアーティストの視点からみた地域像が紹介される機会が増えたが、ある地域に対して多様な関わり方をした人々の作品が並ぶことで、「地域ゆかり」という文化行政のトピックを相対化することを意図した。また町田という東京の郊外都市の「地域ゆかり」とはなんなのかを掘り下げようとした。
本展は4月11日から6月27日で開催する予定だったが、3月末から6月初めまで新型コロナウイルスの影響で当館は臨時休館し開催時期を延期した。想定外の事態への対応を通して公共文化施設を誰のために運営していくのか考えさせられた。
■生活者の視点から
本展ではローカルな視点と、招聘作家という旅人の視点を共存させた。最もローカルな視点として、アーティストではない住民の暮らしの視点も反映した。例えば1980年代に団地の主婦が発行していたミニコミ誌を展示。また、今も発行を続けている地元のフリーペーパー4誌も紹介した。都市の隙間に居場所を見つけてこじんまりと置かれているフリーペーパーに、ストリートアートのような軽やかさを見出した。
さらに展覧会では町田市に住んだ版画家であり、戦後版画運動に関わり日本美術会でも活躍した三井寿の作品も展示した。三井は1950年代に町田に移り住み、地元農家の人々や開発によって打ち捨てられる路傍の石仏を描いた。子ども向けのオンライン観賞会を開催した際に、農家の老人を描いた《老農坐像》(1971年)は想像以上に子どもたちに人気があった。ファシリテーターが「手」に着目して、どのような仕事をしていたか想像させる言葉をかけることで、子どもに興味を持ってもらえたのだ。現在筆者は2022年春開催を目指して戦後版画運動に関する展覧会の準備をしているが、若い世代に対して作品の魅力と背景を伝える際のヒントを得ることができた。
■まれびとを招いて アグン・プラボウォ
招聘作家としてインドネシアから招いたアグン・プラボウォはインドネシア、東南アジアで人気の若手作家で日本では初紹介だった。リノカット彫り進み技法を用いたカラフルで独創的な世界を表現。寓話的なキャラクターが印象的だ。アグンは日常的なことから作品を作り、自らの内面、特にネガティヴな感情を内省し昇華した作品を発表している。例えば、《眠れない》(2015年)は自身の子育ての体験を作品にした。町田に取材して発表した三部作の一つ、《不安のプラズマを採取する》(2020年)が構想されたのはコロナ流行前だが、目に見えない不安が一つのテーマである本作は今の状況を先取りした。環境問題に強い関心があり、作品には古紙を溶かして作る手製の再生紙を用いている。自身もビーガンであり、人間と動物や自然を対等に考え、何者もが搾取されない関係性を重視する思想的背景を持っている。 展覧会開催に合わせて来日予定だったアグンは結局来られなかったが、SNSのInstagramのライブ配信機能を使ってオンラインのアーティストトークを行った。海外など遠方の参加者も多く、新しい層にアプローチするイベントを開催できた。
■新型コロナウイルス流行下の公共文化施設
展覧会開催前に臨時休館となった日々は、果たして展覧会を開けるのか悶々と過ごした時期だったが、臨時休館中の職場に通うなかでいつもとは違う光景も見えた。当館は芹ヶ谷公園という約11.4haの広い公園の中にある。今年の春は学校も休校だったので、公園は平日も子どもたちが集まっていつも以上に賑わっていた。人によっては近所の小さな公園だと子供の声が騒音だとクレームを受けて居辛くなってしまい、子どもの居場所を求めて大きな公園まで足を伸ばしていたという。郊外都市の中に公共空間がある重要性を改めて感じた光景だった。
アグンのアーティスト・トークのようにリアル開催できなくなってしまったイベントに関してはオンラインで開催し、リアルではこれまで来られなかった人に参加してもらえたという手ごえたえを感じた。一方で、オンラインではアプローチできない層への存在も見えた。
例年の夏休みだと学校の宿題のため小中学生が近隣から数多く訪れる。中学生以下の入館料は無料に設定しているので、来館の後押しをするため夏休み前に市内の全小中学生に対してちらしを配布している。今年は夏休みが短縮され、また外出を伴う宿題を出すことは難しかったそうで、小中学生の来館者は例年よりずっと少なかった。学校の宿題がきっかけで初めて美術館という場所に訪れ、美術作品を見る体験をする子どもは少なくない。教育熱心な家庭だと保護者が文化的体験をさせる機会も多いが、家庭環境によってそれは大きく異なる。宿題が出ないことで、美術館に行く人生の中で数少ない経験を失ってしまった子どももいたかもしれない。
当館のような美術館は大規模に集客を動員する展覧会を開催するだけではない、地域の公共文化施設としての役割がある。美術館単体でなく、公教育との連携によって存在意義を示すことができるのだと改めて感じた。数ヶ月ぶりに再開した後に寄せられたアンケートでは、久しぶりに美術館を訪れる喜びや、展示空間で芸術を体感できる嬉しさについて切々と書かれたものが少なくなった。文化は「不要不急」と言われることも多いが、精神の健康、心の潤いを求める人々のために公共文化施設が開かれた場所であることの重要性を実感した。
新型コロナウイルスは今も感染拡大が止まらず、社会への影響は甚大だ。経済的に困窮する人への喫緊の支援は社会の優先課題であるし、人口減少社会の進行にコロナが追い討ちをかけて自治体財政が悪化するなかで、公共文化施設の財政や運営は中長期にも厳しくなることを覚悟している。それでも芸術の力を信じて、今コミュニティに対してできることとはなにか、様々な感染防止対策を講じながら努力し続けたい。
町村悠香(まちむらはるか) 町田市立国際版画美術館学芸員
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