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原子力サブカルチャー10

日本美術会会員 村田訓吉(むらたくによし)

 今ここでこれを読んでいる貴方の今に日本はまだ核兵器禁止条約の署名せずにいるのでしょうか?福島の原発事故の後に国会を囲むアジサイ革命というデモや民主運動があったにもかかわらず、その時に政権を取っていた民主党には何の責任もなく自由民主党の原発安全対策の不備による人災の後始末をさせられた民主党が政権を追われ、そしてまた政権に戻った自由民主党は現時点 (2021年 ) でも原子力推進の動きを変えていません。

 脱炭素社会をカードに再生可能エネルギーでは無理だと、40年たった旧原子力発電まで再稼働させるという経年劣化をも問わない信じられない行為に至っています。

 ここでは原子力サブカルチャーということで映画や漫画やアニメを扱ってきました。ゴジラから始まり毎回ゴジラの新しい映画ができると取り上げてきました。ですが今回のゴジラvsキングコングでは、基本原子力サブカルチャーにはもはや入らないのではないのかという悲しい思いを感じています。CGの特撮の素晴らしさやキングコングの理知的で人間的な振る舞いと表現、そして人間の子供との関係性やゴジラの持つ凶暴性と危機意識の演出は確かに優れた子供向けSF 映画の娯楽大作にはなっていますが、原子力や原爆の関係は放射線を吐くモンスターとしかぐらい出てきません!さらに元祖ゴジラにおいては核実験による突然変異で生まれたと言われていたゴジラが太古からいたということになっています。これは最近のゴジラ関係の映画やアニメではほぼその路線で話が組み替えられています。

 そういう中で 2020年からのコロナパンデミックの動きにより核兵器禁止条約の動きも脱原子力運動なども活力を失い、これは個人的なことですが、自分はコロナで世界が団結して立ち向かうしかないと考えていたのですが、現実はさらに分断が明確化され大きくなったという現象に、至らない思いと悲しみと怒りを覚えずにはいられません。去年の漢字一字は金でしたが自分は断ではないかと考えていましたが、金とはある意味逆にうまく皮肉のように聞こえ面白いかもと複雑な思いになりました。そんな感覚に似た漫画とアニメがあります。COPPELION です。賛否入り混じった作品でどう取り上げていいか今も考えてしまう作品ですが、まず原作の漫画は 2008 年から 2012年にかけて週刊ヤングマガジンで連載され、その後、月間ヤングマガジンに移り 2016 年の 3 月号まで連載されました。遺伝子改造された放射線に対抗のある能力者 ( コッペリオン ) たちが自衛隊の特殊部隊としてお台場にある原子力発電所のメルトダウンにより廃墟と化した東京から生き残っている人達を救出するという話です。それが三人の女子高校生という設定なのです。4 部作まで続きます。アニメ化はその後3年もかかりました。当初漫画連載中に福島原発事故があり、連載の中止まで考えられた漫画でしたから、その複雑さは計り知れないものでしょう。コッペリオンに関しては次の機会にもっと詳しく書きたいと思っています。皆様も機会があれば文庫本やレンタルアニメを探してくださいね。

 このコロナの時期で原子力サブカルチャーをしのぐ勢いで目立ったのがやはりパンデミック関係でした。パンデミックサブカルチャーも本来は原子力を包括したものでありますのでこれにも少し触れたいと思いますが、紙面の都合上「復活の日」をとりあげたいと思います。コロナの時期に予言されていたというリバイバル放映 (2020 年4月 ) もされた1980 年の映画ですが、この映画の製作費がとんでもない当時で22 億円。海外ロケや豪華キャスト、現在ではどれだけかかることでしょう!これは日本のSF映画界にならず世界の SF映画界においても屈指の作品です。絶望の中に希望が残る映画になっています。

 最後になりますが原子力やパンデミック、人災や天災でいつもたくさんの人が、特に貧困層から犠牲になっていきます。日本国憲法12条にはこう書かれています。「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。」

 不断の努力とは覚悟と誓いです。不断の努力をおこたわらず、すべての人権が認められるまで願い祈り叫び続けましょう。


日本美術会会員 村田訓吉(むらたくによし)
1974年から何度か呼び方は変わりましたが、愛と平和と地球と子ども達の再生可能な未来と言うコンセプチュアルアート製作継続中。

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