「いま、被災地から-岩手・宮城・福島の美術と震災復興」展を見て

高橋 威足 たかはしいたる (日本美術会会員)

-彫刻作品について-

 展覧会は二部構成で、第一部は、東北の美術の紹介です。佐藤玄々(朝山)の「青鳩」は、小品ながら面構成がしっかりしていて、生々と鳥の形を表現しています。ブルーデルから学んだ建築的造形力は小品ながら力強い。船越保武の「原の城」は代表作だけあって、ひととき島原の乱に思いをよせました。

 佐藤忠良の「母の顔」は、作者の母に対する気持ちが良く出ていると思いました。

 安藤栄作が1996年に制作した作品である「約束のつばさ」は後に震災に合い、アトリエや作品の多くを津波で失う事になり、関西で再起を図る事になリます。無意識のうちにある流浪感覚により表現し、現代の不安感をとらえています。

 第二部大震災による被災と文化財レスキュー、そして復興―高橋英吉の「海の三部作」作者は31歳の若さで戦死しました。文化を破壊するのが戦争との思いを強めました。海の三部作は「黒潮閉日」「潮音」「漁夫像」の順に制作され、いずれもすばらしいものです。圓鍔勝三の「わかどり」木彫の技法がすぐれていて、作者の誠実な人となりが表現されていました。

 柳原義達の「岩頭の女」は、津波によって左手が肘から無く、両足首がなくなり、全身に凹みがありました。津波で傷ついた作品は、脱塩処理や腐食生成物の除去をほどこした後、岩手県立美術館に保管しています。

 震災後に制作された作品も展示されていました。青野文昭の「ここにいないものたちのための群像―何処から来て何処へ行くのか、-サイノカワラ・二〇一六」は、津波に合った物達を収拾して歩き、それを構成し、作品にしました。家具を重ね、それに衣類を配置してあります。復興への強い意志を感じとることができました。

 会場は、展示された作品も素晴らしいものでしたが、「いま被災地から-岩手・宮城・福島の美術と震災復興-の表題を写真パネルで示して、写真の持つ伝達力を感じとる事が出来ました。使用した二枚の写真は展覧会のカタログから転写させていただきました。

 東京藝術大学美術館・岩手県立美術館・宮城県立美術館・福島県立美術館・全国美術館会議に感謝いたします。

菱 千代子 ひしちよこ (日本美術会会員)

 日本人が体験した最も過酷な災害であった東日本大震災からすでに5年が経過した。

 被災地では今なお避難生活を余儀なくされている被災者も多数おり、いまだ復興は途上である。この災害は原発事故も誘発したため、放射能の影響により長期の深刻な被害を与え続けている。

 そんな中、東北地方の人々の心の礎となっている貴重な文化財や美術品の救出・保護・修復が文化庁から呼びかけられた。これに対し、自分たちの問題として、逸早く応えたのが全国美術館会議(全国で370館が加盟)と多くの美術館職員たちだった。そのための連絡調整機関として、東北地方太平洋沖地震被災文化財等救援委員会が設置され、「文化財レスキュー」の支援事業が立ち上げられ、今も継続されているという。2011年秋には400名以上の作家たちの協力を得てチャリティ・オークションも開かれ、その収益や全国から集まった支援金によって財政的に支えられてきた。この展覧会もそれらの財源によって実現したとのことである。

 当初は文化財や美術品の救出そのものが難しく、その後もリストとの照合、撮影、整理、移送のための簡易梱包等の応急処置が宮城県美術館を中心にほどこされた。沿岸部の施設に収蔵されていた作品や資料は物理的損傷だけでなく、海水につかったことによるカビの発生という生物学的被害、塩分等の付着による化学的被害も受けたのだった。本格的修復には、東北芸術工科大学、国立西洋美術館、神奈川県立近代美術館、東京芸術大学が担当し、専門家ならではの技量が発揮された。

 私たちはその厳しい現実の中での、途中経過を知らされつつ、東北の地に根付いた多くの作家と貴重な作品達に出会うことになった。紙面の制限により詳しい論評はできないが、印象に残るいくつかの作品を県ごとに列挙してみよう。彫刻作品については高橋威足氏が詳しいのでここでは省略する。

 

岩手県の美術

 萬 鐡五郎の《赤い目の自画像》が強烈だ。皆様御馴染みの松本俊介の《家族の像》。福井良之助のスケール感のある堅実な風景画《みちのくの冬》。澤田哲郎の《小休止》はその色と構図のうまさでしばし見とれた。村上善男による《花巻湯本熊野神社祭典図》は新感覚の作品だ。本田健の《山歩き―九月》巨大ドローイングは人間業の極限を見せつけられた。

宮城県の美術

 金子吉彌の《失業者》と大沼かねよの《野良》はともに1930年代の世界大恐慌時代の都市と農村の働く人々に焦点を当てたものであり、プロレタリア美術のさきがけを担った作家達であった。戦後になると様々な流派が流れ込んだが、それらを濾過しながら風土とそこに生きる人の心情を力強く謳いあげた荘司 福の《祈》という作品には大いに心服した。宮城輝夫の《月の番人》、佐藤一郎の《蔵王御釜》も個性は正反対であるが私のお気に入りリストに参入した。

福島県の美術

 

 まず夭折の画家として知られる関根正二の《姉弟》・《神の祈り》。19歳にしてこの熟達度に驚く。

 

 酒井三良の《雪に埋もれつつ正月は行く》は正に福島の家族・郷土を描いたもので、懐かしさがこみ上げる作品。戦後の作品では若松光一郎の《ズリ山雪景》は冬の常磐炭鉱をしゃっきり描き、郷土の画家たちを牽引したとのことである。吉井忠氏の作品は日頃見慣れていたが、今回の《百姓祭文》は珍しくファンタジックな色と構成で楽しめた。それは「自然と人間が混然一体となった東北の自画像」と言われる象徴的作品となっている。そして鎌田正蔵の作品にはぎょっとさせられた。《とりが落ちる(’86,4,26)》それはチェルノブイリ事故の日付が添えられた予言めいた作品だったからである。

2016年5月17日(火)- 6月26日(日) 東京藝術大学大学美術館 本館 展示室