イラク「不死鳥の物語」

PEACE ON(イラク支援・文化交流NGO) 相澤恭行

不死鳥の物語 カーシム・サブティー
不死鳥の物語 カーシム・サブティー
不死鳥の物語 カーシム・サブティー
不死鳥の物語 カーシム・サブティー

私たちピースオンでは、2003年の設立以来、イラクの子どもたちへの支援活動と並んで、美術家との交流も進めてきました。今回紹介したいのは、現代イラクを代表する美術家のひとり、カーシム・サブティーです。

私がカーシムに初めて出会ったのは、あのイラク侵攻からおよそ1年後、2004年2月のバグダードでした。彼が経営する画廊、「ヘワール(対話)」のカフェテリアでは、あちこちでチャーイ(紅茶)をかき混ぜるスプーンの響きがうららかにゆれる木漏れ日と戯れるなか、画家、音楽家、詩人、映画俳優など、老若男女様々なイラクの文化人が芸術談義に花を咲かせていました。展示されていたのは、イラク人作家たちによる現代アート作品。その力強い色彩と光の乱舞に私は大きな感銘を受けました。チグリス、ユーフラテスの大河の流れと共に、七千年もの歴史のなかを滔々と受け継がれてきたイラクの大地と人々の記憶を背負った芸術家たちは、戦争と占領という今日の混沌に人生を放り込まれながらも、現代の証言者として、ほとばしる命の輝きを作品に刻み続けていたのです。

この感動を伝えようと、作品を何点か購入し日本各地で展覧会を開催。ピースオンのイラク現代アートプロジェクトが始まりました。2005年にハニ・デラ・アリ、2006年にはシルワン・バランと、二人の若手イラク人画家を日本に招聘。彼らの個展開催などを通じて、お互いの文化に直接触れ合う機会を創りだそうと試みてきました。

一方、杜撰な戦後統治によるイラクの混乱は悪化の一途を辿ります。現地での活動ができなくなるどころか、多くの人々の命が奪われ、市民生活は崩壊し、四百万人以上が住家を追われるという地獄のような情況の中、私の友人たちの多くも、「もう限界だ」と祖国を離れていきました。芸術家もその八割近くがイラクから逃れていくなか、カーシムはバグダードに留まり画廊の経営を続け、その上若手を育てるための展覧会まで開催していました。私はヘワールで彼らと初めて話した時のことを思い出しました。

「私たちは武器を持たないが、ここで芸術を続けることが抵抗なんだ」

「不死鳥の物語」と題されたカーシムの作品は、本を用いたコラージュの連作です。2003年4月の米軍バグダード侵攻時、破壊された美術院図書館の炎の中から救い出した古い書物からその着想を得ました。中身のテキストが焼け落ちて表紙だけになったその姿を、深い悲しみのうちに見つめていた時、彼はそこに満ちていた微かな生命の痕に気づき夢中になりました。破れた背表紙の内側にはみ出した、今にも蠢きだしそうなコットンの格子模様、知識を求める人から人への遍歴のなか刻まれたアラビア語の韻文と、記号のような傷痕、色褪せた装丁に滲みだす歳月の記憶・・・。死んだはずの書物が秘めていたもう一つの物語に、生への希望を見出したカーシムは、散乱していた本の表紙をかき集めてアトリエに走り、取憑かれたように制作に没頭しました。破れた表紙を台紙に、絵の具は全く使わず、カッターと糊だけで書物を切り貼りして、彼独自の芸術作品へと甦らせたのです。

英知の象徴である書物をはじめ、多くの歴史的文化財も破壊されたこの戦争は、石油のための戦争に留まらず、イラクの精神文化への侵略でもあり、まさに私たちの未来の破壊であるとカーシムは告発します。しかし彼は、その英知の象徴の破壊から生命を見出し、芸術に再生することで新しい読み方を提示しました。戦争による死と絶望を、生きる希望へと昇華させたのです。

グローバリゼーションの美名の下、今日の世界を覆いつくす得体の知れない巨大な闇。戦争で苦しむイラクはもちろん、年間自殺者が3万人を超えるこの日本でも、人と人、そして人と土地とのつながりが、ずたずたに断ち切られています。その最前線であるイラクの地に踏みとどまり、芸術による抵抗を続け、生命への希望を描くカーシム・サブティー。2008年末、私たちは彼を日本に招聘し、東京(銀座・中和ギャラリー)と京都(妙心寺・春光院)にて個展を開催しました。その後も各地のグループ展等で、彼をはじめとするイラクの芸術家の作品出展の機会をいただきました。作品との対話を通じて、共にこの時代を生きる希望を見出すことを、切に願ってやみません。