エッセイ

「ルソーと黄金比」       眞住 高嶺

「第22回アンデパンダン展に芸術家たちを参加するように招く自由の女神」1906年アンリー・ルッソー 東京国立近代美術館所蔵
「第22回アンデパンダン展に芸術家たちを参加するように招く自由の女神」1906年アンリー・ルッソー 東京国立近代美術館所蔵

A君へ                           

2010年はアンリ・ルソーの没後100年だ。「蛇使いの女」を見ながら手紙を書いている。大学入試の面接で「ルソーが好きだ」と君が答え、「あんなのが好きか」と言った教授の言葉に、「あんなのとは何だ!」と帰りの列車のなかで腹を立てていた君を思い出した。アカデミーの中にいる教授に対して安井曽太郎と答えていたら満点をくれたろう。日曜画家・素人画家・素朴派の代表としか見えなかったのは当然だ。少し前に美術雑誌のCMで「ピカソにはなれなくてもルソーにはなれる」というコピーを読んだ。画塾か研究所が出したものだが、とんでもない、どちらにもなれっこない。ルソーを素朴派で括るのは間違いだ。20世紀のピカソに並ぶ傑出した巨匠の一人なのだ。ピカソが生涯手もとに置いていた四点のルソー。いまルーブル美術館にある。揶揄と嘲笑にかこまれていた時代があったことはルソーを考える上で大切なことだ。

 アンデパンダン展に出品できたからルソーが世に出られたのだ。自主独立の意義は大きい。ここに書きたいのは画面構成についてだ。ルーブルでの模写の資格を取って、独学で

画家となり、年金生活に入って本格的に作品発表をした彼が、どうやって構図法を会得したのだろう?。大作の画面には幾何学的な構成があることは誰もが読み取れる。しかし

その解折をした図解を作品に添って例示した出版は見うけられない。

 ヒントを出そう。この前、フェルメールの「牛乳を注ぐ女」のキャンバスの比は、2:√5 の比例だと言ったよな。ルソーの「蛇使いの女」は同じ比の形なのだ。この絵の批評の中に、「正方形に近い画面に、、、、、」なんて書いてあったが、構図法が分かっていない評だね。

日本で市販されているキャンパスの形は、S(正方形) F(φ短形タテに2) p〔√2 短形) M (φ短形)と120M(S×2)と F(1:1.5 )がある。2:√5の形が 輸入されなかったわけだ。この方形は黄金方形を導くときに描かれる図形だから、この形を意図的に選ぶ画家は、黄金比を構図の中で使いこなす術をしっているのだ。

 セザンヌ主義の作品の中に、大原美術館の「水浴図」があった。41年も昔、倉敷を訪れたことを想いだした。あのロートレックの「婦人の肖像」の大きな絵も2:√5だ。肖像の巧さに感心した、水浴図の意図な分からなかった。20代のぼくには黄金比を内に秘めた画面構成を読みとれなかった。

「牛乳を注ぐ女」はフェルメール26才の作だ。自在に黄金比を使いこなしている。

 アラゴンとフェルメールの「美をめぐる対話」の中でフェルメールの「女の家にて」について、「、、、、このレアリズムはすみからすみまで抽象的なもので、人物と物、人物と人物,調度品と人物像のあいだにある距離は、ほとんど天文学的といってよいほどのものだ。天空の星をちりばめた空の、不動性ならざる不動性といった印象があるね。」コクトーの詩的な評は、幾何学の抽象に裏打ちされた比例の美が背後に在るということだ。この絵も(143cm×130cm)だから、11.1 となる。2:√5の近似値になる。フェルメールの最初の署名作品なので,自信をもって発表したのだろう。

1894年、ルソーの「戦争」が発表され、ゴーギャンが黒の美しさを絶賛した。1:√3の比をもつ大作は黄金比を内に秘めている。

1937年の「ゲルニカ」は1:√5の比の大画面だ、ピカソは黄金比を縦横に使いこなしている。

小説「ダ・ビンチ。コード」で作者ダン・ブラウンは 主人公ロバート・ラングドンに、ハーヴァードでの ‘’ 美術における象徴 ’’の授業を回想させている。1.618と板書して、「諸君、黄金比を 紹介しよう」と、、、、、ぼく等の大学時代,黄の字もなかったな。

ルソーと黄金比は複製画の上で図解しよう。

U君の喫茶店にしようか、、、。

(ますみたかみね・美術家)

注 2:√5  = 1:1.118033.988  

    : 5  = 1:2.236067977    (無理数はくりかえし終わりも無い無限に続く・・)

    黄金比 1:1+√5                   

        2

       1: 1.61803398874989  黄金比φは特別な無理数だ。

ノルウェーの家族Ⅱ離乳食  眞住高嶺展より
ノルウェーの家族Ⅱ離乳食  眞住高嶺展より