信念と不屈の画家-市村三男三

著者:なかむらみのる      光陽出版社
著者:なかむらみのる      光陽出版社

市村三男三さんという画家を著者が知り、友人がその家族と知り合いで、作品の管理を任され、新潟の出身の町が、寄贈を受けて、それを修復し、生誕百年記念回顧展を開催するという実際にあった話。ルポルタージュのような小説だが、私は市村先生ご存命のおりに、故金野新一(画家)に紹介されて、お訪ねして、市村さんと金野さんの座談を取材している。それとこの本にも出てくる市村さんの出身の町の熱心な担当者の方に何度も電話されている。だからこの本の遠い縁者という立場にもなる。だから何らかの意見も書く事が求められているような気もする。

 市村さんは病床の中だったが、古い仲間の金野さんとの再会を喜んでおられたようで、聞いている私も微笑ましい一時だった。飄々として、なんとも言えない可笑しさがあった。多分そういった人柄、もちろん奥様もそうだったのだろうが、それが色々な仲間とか周りの方々に、本小説のような、作品を大切にされていく感動的な物語へと繋がったのだろうと思う。今思い出すと何か、そんな気がする。

  (美術運動NO.116)

 市村さんは戦前のプロレタリア美術家同盟の組織部長・青年婦人部長という経歴の方、理科系の学校から美術家に入って、映画監督でその後世界的に評価される黒澤明氏は、市村さんに指導されて当時から華々しい活躍した若手画家だった。黒澤さんの話も出た。本の中でも描かれている小林多喜二(「蟹工船」がリバイバルヒットして話題となった)と共通した世代、生き方など列挙してあるわけだけれど、ある意味、時代はそれほど経過して、当時の国賊であって「赤」と言われ忌み嫌われた左翼画家も、時代は彼らの反戦の正当性を証明して、今やそれほど問題にならないということなのだろう。ソ連や東欧ソ連型社会主義国の崩壊といわゆる冷戦構造の終焉などもあって、共産党が怖いものという感覚も消失しつつあるのだろう。

 まあ、しかし、この本の描くところの、無欲だった画家が、亡くなった後に、出身の町に暖かくその作品が迎えられて、50点の専門的な修復処理を受け、生誕100年の遺作展が開かれることになったという物語は、そうある話では無いから、それは描かれるべき話なのだけれど、市村作品の研究とその評価、プロレタリア美術家同盟と美術史的評価、戦後の民主的な美術運動と市村さん、などまだ語られるべき話は多く残っていると思われる。

 (k・k:本編集部員)