日韓美術交流東京展2010に参加して

吉見 博

 

2010年8月3日~8月8日
目黒区美術館区民ギャラリー
主催:日本美術会 共催:韓日美術交流会(公州)

201083日~88

目黒区美術館区民ギャラリー

主催:日本美術会 共催:韓日美術交流会(公州)

第8回目という日韓美術交流展は、日本美術会会員37名、会員外9名、公州美術家18名(来日7名)の64名によって開かれました。


 吉田光正(敬称略。以下同じ)「未来へ」は、テラコッタの赤土色が美しく、いつもの石彫の重厚さとはまた違って、ほのぼのと軽く明るい空間を周囲に放っていました。そして山内比呂子「夏の祭り」は、みずみずしい色面の重なりと変化と、光が美しい。彼女の仕事は、どこを描いてもヨーロッパ風景に見えてしまいます。 渡辺皓司「生き物たちの記録」は、粘り強く取り組んできた黒い画面。日本画宮本和郎「極楽鳥花」は修練の賜物か、さりげなく静かに発言しているようです。相田勤「森」、稲井田勇二「景」、小池美紀「思考」、新谷香織「風景」、鳴海由光「母子」、根岸君夫「フルーティスト」、三好秀憙「うつしよ」、李宣周「めぐみ」等も印象深い。Park Hong-Soon「Meeting」は、日本画にも通じる細密な描写と装飾性が、韓国の伝統性を含んでいるようです。


公州からの作品は、小さな工芸作品が多く、平面も小品がほとんどでした。輸送の関係でしょうか、やや残念でした。また、他の日本美術会側の作品も、作者のいつもの仕事から言うと、ややもの足りない感じはしてしまいました。


もう10年にもわたって行われてきたというこの交流展は、果たして日本美術会会員の中で、どれほどその内容が知られていて、どれほどの意味を持っているのでしょう。


今回はいろんな事情も重なったのかもしれません。

かって訪韓団長だった岡本博や常連の上原二郎。そして川上十郎が出していないのは寂しい。立体の大島美枝子、河野新、冨田憲二や山本明良の作品もない。青木俊子、荒川明子、石野泰之、伊藤八枝、岩崎孝、梅村哲生、太田眞素巳、大野美代子、木村悦朗も出していない。窪田旦佳、熊谷榧、黒田孝、小西勲夫、小林喜巳子、佐藤勤、佐藤善勇、篠崎カツミ、白木博也、田中正巳、手島邦夫も、中田耕一、中谷田鶴、西村幸生、橋本和明、久村進、平野哲男も。藤岡祐二、藤田日出男、藤原梵、古澤潤、星野文和、水根タミ、美濃部民子、宮下泉の仕事もない。宮本能成、宮本秀信、百瀬邦孝、森田隆一、森田優子、山信田稔、吉見敏治、若山保夫、渡辺学…ああ、あの人もこの人もみんないない。どうしたことだろう。という僕も、これが初出品だったけれども。


僕が参加できたのは、初日の作家たちの会場交流会と、夕方からの懇親パーティーでした。会場では、作品を前に3、4人の韓国の方々と話はできましたが、時間不足。また、工芸分野の方々とはジャンルの違いもあって、踏み込んだ意見交換は難しかった。会場を変えてのパーティーは立食形式でしたし、なるべく来日した作家との対話を試みてみましたが、それにしても、双方お疲れだったのでしょうか、ほとんどの方は、それぞれに座りこんで、仲間うちの飲み会に見えてしまいました。せっかくのチャンスを活かすことに、慣れていないのかもしれません。言葉の問題もあるでしょうし…。


作者本人にとって創作することに関わる分量が、その人の生きていることのどれほどの割合を占めるかということを、よく絵描き仲間で話します。それによって、ほとんどその人の発している雰囲気、たたずまいで、もはや上手い下手ではなくて、仕事とのかかわり方は顕れてしまうようです。神経のゆき届いていない仕事をしていれば、それだからこそ無神経な芸術論も自己顕示できるのでしょう。つまらないなあ。どんな展覧会も交流も、中身のある仕事がなければ意味を持たないでしょう。


今後どういう作家が関わり、どういう展覧会を開いていくのでしょう。どの国と国際交流展をするにしても、受け入れ場所は、やはり、日本美術会の主な発表の場所であるアンデパンダン展の会場が一番いいのではと思います。それだけの歴史と意味を持った場所です。そこに招待作家と、僕たちの現状、会員と出品者の実作を通してお互いの交流が望まれます。あるいは、あるテーマを共同で考える。また、可能であれば、講演、討論、その国の美術の歴史、お互いの国の現代美術等など。


昨今、さすがにインターネットの時代だなと思うのは、僕にも、アテネからグループ展への誘い、アメリカからの参加呼びかけ、ブラジルの現代美術展への招待、パリ・グランパレのアンデパンダンへの出品案内なども舞い込んできます。「パフォーマンスあり、○月○日パリメトロ○○駅に○時集合!」とか、レバノンから平和のための美術オリンピックを呼び掛けてくる人もいます。


少し前には、韓国大使館主催の日韓交流展もあったようですし、東京へ発表の場を求めて来る韓国の美術家の展覧会も少なくないようです。僕の友人グループも、ソウルの画廊で何度か展覧会を開き、今年はぜひ一緒にとお誘いもあります。国際交流の機会も方法も今ではたくさんあるのでしょう。


今まで、日本美術会には、特別陳列として海外からの作品を紹介したり、会員の作品や会代表を派遣してきた長い交流の歴史があります。アメリカ、中国、朝鮮人民民主主義共和国、ソビエト、ルーマニア、メキシコ、ベトナム、ポーランド、ドイツ、チェコスロバキア等々。最近では、キューバとの交流も数年続きました。日本美術会は会としてどういう国際交流を展開していくのでしょう。ただ、交流参加者が会の中で、一部のグループになっていないことを願っています。


もう35年も前になるでしょうか。初めて海外に10名程度の若い作家たちの作品(自作は100号3点)を持ってベルリンへいった時のことです。日本の青年作家展を開いたその会場で、国際青年祭典に参加した美術ジャンル人たちのパーティーが開かれたのでした。モンゴル、アメリカ、ドイツ、イギリス、フランス、イタリア、エチオピア、もう名前も忘れましたが、いくつかのアフリカ諸国、およそ全体では2,30ヶ国の青年作家がいたと思います。その中の1人が僕の絵の前で、「おまえの仕事が一番いい」と話しかけてきました。かなり真剣な様子で「モダンだ」と。二十歳半ばのその青年と、もう1人の友人もそばに来て言ったのでした。「僕たちはパレスチナ人の画家だ。画家だけど、これから国へ帰って銃を持って戦うんだ。この手に指輪がないだろ。すぐ死ぬかもしれないから結婚はできないんだ」
その時、僕たちは何語をしゃべったのだろう。僕にとっては強烈な国際交流の体験で、今でもあの眼差しは忘れられない、生きているのだろうか。

この展覧会を準備してきた遠矢国際部長、通訳の労をとられた李夫妻、その他展覧会の裏方として多大なエネルギーと時間を注がれた方々には、頭が下がる思いです。
僕自身ももし出品していなければ、この交流展にさほどの関心を持たない一会員だったかもしれません。以下、その他の出品者名を公開しておきます。展覧会の様子を想像していただけるとありがたく思います。


Kang Uichang、Kim Gunsoo、Kim Jongse、Kim Jungho、Kim Myeongtae、Kim Wonseok、Kim Sung Min、Lee Youn Hee、Lee Chungwoo、Lee Hoshin、Lee Sangil、Lee Seok Koo、Lee Sungwook、Park Gunkyu、Ro Haeshin、Shin Dongsoo、Yoo Soonsik、池田優子、いなおけんじ、遠藤欣子、オザキユタカ、小野章男、小野栄子、貴志カスケ、貴志早苗、木村勝明、佐藤俊夫、佐藤瑞江子、重松美瑳子、首藤教之、双山盛春、滝口美矢子、竹下幸雄、田宮豊、峠徳美、遠矢浩子、豊岡CHIE、中津川ヒロ子、奈良幸琥、新美猛、根木山和子、林恵理子、藤井キミ子、藤井剛志、三浦裕美、目黒郁朗、藪内好、藪内良子、山下二美子、山本良三。

吉見 博

画家、テンペラ、油彩、グヮシュその他。個展多数、自由美術展、日本アンデパンダン展などに作品発表。収蔵the Museum of Contemporary Art(ブラジル)、四万十町美術館。自由美術賞受賞。 自由美術協会会員、日本美術会会員